So-net無料ブログ作成
検索選択
前の15件 | -

静謐な生活 [gillman*s park 16]

静謐な生活

Herbst2016a60.jpg

 近くの公園はすっかり秋のたたずまいに変わってしまっていた。そういえばここの所ゆったりとした気持で散歩していないことに気づいた。歩くだけの目的でそそくさと、カメラで写真を撮ることもなく。今日だってiPhoneで撮っている。知らぬ間に余裕が無くなってしまっていたのかもしれない。

 若いころ一時(いっとき)、役所の戸籍係のような生活に憧れたことがあった。こう言うと実際の戸籍係の人にふざけるな現実はそんな甘いもんじゃない、ときっと叱られると思うが、あくまでも腕にあの袖カバーをまいたような象徴的な意味での「戸籍係」であって…。何はともあれ、転勤もなく勤務先も近く定時に帰れルーチンワークをこなして帰宅すれば自分の自由な時間が待っている。若いのに怠け者とか無気力者と言われればそれまでだが、基本は静かな生活、そんな生活に憧れた時期があった。

 これはカフカの小説の影響もあったと思うけれど、多くはお袋の影響だと思う。親父は菓子の職人で小さな工場を経営していたから、両親は四六時中仕事のことや金の心配で気の休まることがなかったし、いわば二十四時間臨戦態勢の生活だった。夜なべで夜遅くまで工場で仕事をしている、そんな時のお袋の口癖が「お勤めさんはいいねぇ」だった。

 親父は職人気質だったから、どちらかと言えば仕事をやっていればそれで良かったみたいだが、お袋の方は浮き沈みの多い生活や将来のことを気に病んでいた。「お勤めさんは、月末になればきちっ、きちっと入るものが入ってくるし、家に帰ればそれはもう自分だけの時間だし、お前達も…」

Herbst2016b.jpg



 結局、ぼくはお袋が羨んだ「お勤めさん」になったのだけれど、既に時代はお袋なんかが考えていたものとはガラッと変わってしまっていた。時代はモーレツ社員から、企業戦士へと。企業の中で生き残ろうと思ったら自分の時間などはどんどんと削られてゆく。もちろんそれなりの理想は持って働いていたつもりだけれども、それでも心に積もってゆく澱のようなものが残っていった。

 そういう時間に埋もれて「お勤めさん」の幻影はぼくの中でいつしか「静謐な生活」への憧れに変質していった。例えば、エマニュエル・カントのようなシンプルで静謐な生活。カントは毎日きっかり同じ時間に同じ道を散歩していた。彼の散歩の時間を知っていた街の人は、散歩中の彼を見かけると自分の家の時計を合わせたという逸話が残っているほどだ。

 ぼくも仕事を辞めたら形だけでもそんな規則的で静謐な生活ができたら、と密かに思っていた。ところがいざ実際に仕事を辞めてみると憧れていた静謐な生活とはまるでかけ離れた時間が待っていた。お袋の介護のこともあって第二の人生の夢は断念したことはもちろんあるのだけれども、同時に自分の中にある、もしくは長いビジネス生活の中で身に付いてしまったかもしれない「貧乏性」に気づいてしまったのだ。

 時間はあるのに中々じっとしていることができない。いつも年初には規則的で静謐な生活の時間割を作るのだけれども、一日としてその通りに行ったことはない。不測の事態がよく起こることもその一因かもしれないが、予定にはなかったやりたいことが次々と出てきて時間割がすぐ絵に描いた餅になってしまう。憧れていた晴耕雨読の静謐な生活は逃げ水のように遠ざかってゆくけれど、いつかは…という気持ちだけは今でも持っている。


Herbst206c.jpg


mmj.jpg



nice!(37)  コメント(5) 
共通テーマ:アート

猫を巡るアフォリズム Aphorisms on Cats ~その24~ [猫と暮らせば]

猫を巡るアフォリズム Aphorisms on Cats ~その24~

YuutoLeo2016c.jpg



 ■

 私は自分の家に持っていたい

 わけの分かった一人の妻と

 書物の間を歩きまわる一匹の猫と

 それなしにはどの季節にも

 生きて行けぬほど大切な

 私の友人たちと

  (アポリネエル/堀口大學訳)


 上の言葉は大佛次郎の随筆「猫のいる日々」に出てくるアポリネエルの詩だ。なんとも静謐で良き時代の文化人の理想のような生活にも思える。これはアポリネエルでなくとも、こういう雰囲気の生活に憧れるのは西欧はもちろん昔の中国でも、日本の文人でもあるのではないか。

 もっとも僕なんかの今の生活はそんな静謐さにはほど遠いけれど、妻・書物・猫・友とその要素だけは一応整っている。そればかりか、猫は三匹もいる。まぁ、数の問題じゃないけれども…。感謝しなければならない。

 考えてみたら、その四つは自分が死に物狂いで働いていた時期にもちゃんと自分の身の回りにあったのだ。ただ、それに目を向けてつくづくとその有難味に感謝する気持ちの余裕も、その時間の余裕も無かったのだと思う。

 幸い今はそれに気付き感謝する時間も十分にあるけれど、今度は先に時間がそうは残されていないことに思い至る。時間はできたが、他方で今度は残された時間との戦いが…。と、以前は思っていたけど所詮時間と戦っても勝ち目はないので、今は一日一日を大事にすることに徹するようにしている。

 大佛次郎はこの随筆の中で、自分が臨終の時には猫がそばに居て欲しいと言っている。そればかりか、もしあの世というのがあってそこには猫が居ないのだったら自分の棺桶に入れて欲しいとも。もちろんこれは例えの話だけれど、それ程に猫を好いていたということだろう。

 大佛次郎はあの世に猫を連れて行きたいと言ったけれど、ぼくは自分が先に逝って万一猫だけが残ったらどうしようと心配している。ウチの猫は今、12歳、11歳、9歳だから猫にすれば決して若くはない。人間の平均寿命からすれば普通はこちらの方が長生きするのだろうけど、そこは何とも言えない。

 これからも、猫の居ない生活は想像し難くずっと飼い続けたいと思うのだけれど、万一猫が残った時のことを思うとカミさんともう新しい猫は飼えないかもねぇと話している。身内や周りに引き取って可愛がってくれそうな者がいるなら安心できるのだけれど、残念ながら猫嫌いと猫アレルギーなどで里親候補はみつからない。



catautumn.gif

nice!(35)  コメント(3) 
共通テーマ:アート

ビーダーマイアー現象 [新隠居主義]

ビーダーマイアー現象

room2016brs.jpg



 ■「会議は踊る。されど進まず」。リーニュ侯爵の名言で知られる一八一五年のウィーン会議は、革命とナポレオンに搔き乱されたヨーロッパの再建策として催された。だが会議を牛耳ったメッテルニッヒは、革命はもちろん、民主的改革を憎み恐れることなはなだしく、王政復古を企み、旧体制、旧秩序の復活と延命にこれ務めて各国市民階級の期待を裏切った。…
   (「愉しいビーダーマイヤー」前川道介/クラテール書房)
 

 今から200年くらい前のオーストリア、ドイツにビーダーマイヤと呼ばれる文化的特徴をもったごく短い時代が存在した。具体的にはメッテルニヒが活躍したウィーン会議(1814年)から1848年革命までの期間となるのだけれど、その最盛期は1830年代までくらいかもしれない。

 ビーダーマイヤーと呼ばれる時期は短いけれど、それは家具や文学、服装や絵画の領域においてビーダーマイヤー様式というスタイルとして残っている。ビーダーマイヤー様式の絵画はベルリンの旧国立美術館やウイーンのオーストリア・ギャラリー(ヴェルヴェデーレ上宮)でも数多く見ることができる。

 実はビーダーマイヤー様式という立派な名前がついているけど、そこには「取るに足らない」とか「小市民的な」とかちょっと侮蔑的なニュアンスが含まれて居る。これはその文化を作り出した時代背景が大きく関わっていると思う。ビーダーマイヤー時代は別の言い方をすれば反動的時代と言ってよく、フランス革命で盛りあっがっていた市民社会の期待が王政復古によって打ち砕かれ人々の政治への希望、関心が薄れていた時代だ。

 人々の関心は日常の身の回りの事物に移っていった。日常的で簡素で小市民的なものに喜びを感じる感性が湧きあっがってきた。もちろんこれを逃避と見ることもできるし、本当の幸せは立身出世や大時代的な英雄譚にあるのではなく、ごくありふれた身の周りにあるのだという、新たな幸福感の成立と見ることもできるかもしれない。ぼく自身はビーダーマイヤーに関心があるし、そのスタイルも嫌いではない。

 あ、これって何か今の状況にすごく似てはなくないか。胸をふくらませて迎えた輝かしいはずの21世紀は、その期待とは裏腹にテロと民族戦争、そして宗教戦争の世紀の様相を呈している。加えてあのアメリカばかりか南の国でも北の国でも反動的で強権的政治指導者が台頭してきている。世界中で反動のマグマが蠢いているようだ。

 毎日そういう情報に触れていると段々と心が重くなって、それが積み重なってストレスを生み出していると自分でも認識できる程になっている。加えてここのところ母の身体の具合もあまりよくなく、かつ自分の体調も手術を前にしてすぐれないのでどうしても気持ち的に落ち込んでしまう。何とか上向かせようとしているのだけれど…。

 そんな時、この間お風呂場の洗面所のタオルを新しく変えて、これってなんか好いなぁ、と思ってどこか少し心が軽くなった。でも次の瞬間、あ、いかん、これは自分の心の中のビーダーマイヤー現象みたいなもんの始まりかもしれない。もちろん、身の周りの細かい事に目を向けてそこにささやかな美や喜びを見出すのは意味のあることだし、それがそもそもぼくがこのブログを始めた端緒でもあるのだけれど…、でもそれが逃げ道になってはいけないなぁ。逃げ道になってはいけない、でも今のほくは日常のいわゆる些細なことこそが人生の実相だと思っていたりもして。


 しかし時代というものは不思議なもので、その中にいるとわからないけれど何年か何十年か経って一定の距離を置いてみると、現像液の中から次第に姿を現す印画紙の映像のようにその姿が立ち上がってくる。何十年か経って振り返って今の時代を見た時、今が第二のビーダーマイヤー時代に見えてくる、ということもあるのかもしれない。

room2016rs.jpg


gillmans todey.gif


*この時代の詩人シュティフターは短編集「石さまざま」の序文の中で
次のように延べ、いかに日常的な事象に目を向けることが大切か述べています。

「…雷雨、稲妻、爆発する火山といった壮絶あるいは壮麗な光景より、
風のそよぎ、小川のせせらぎ、緑の草木、空の輝き、
星の輝きのほうが偉大なのてある。
嵐のような現象は特別なもので、過ぎてしまえばどうということはない。
それよりささやかな現象に現れている普遍的な「柔和な法則」を追及してこそ、
初めて真の驚異に対して目が開かれる。…」

ここら辺にもビーダーマイアー時代の価値観が生きているような気がします。


nice!(38)  コメント(0) 
共通テーマ:アート

さよなら人情食堂 [Ansicht Tokio]

さよなら人情食堂

Sanoshin2016c.jpg


 以前このブログでも千住のやっちゃばの時にもちょっと触れたこともあるけど、近所の青果市場である北足立市場の場外食堂「佐野新」が残念なことに今月一杯で店を閉めるらしいのだ。北足立市場というのは東京都中央卸売市場の1つで、以前は同じく中央卸売市場の一つである千住市場が手狭になったので昭和54年に青果部を今の場所に移転させたのが始まりだ。千住市場の方は今は水産物専門の市場になっている。

「佐野新」は元々千住市場で商いをしているお店だったが、それを機に北足立市場の方に移って場外食堂を始めたらしい。 その後昭和63年には花卉部門も設けられて北足立市場は本格的な中央卸売市場になった。そこはぼくがいつも散歩に行く舎人公園に隣接する所にあり、直ぐそばなのだけれど中に入ったことはなかった。ぼく自身は市場というか下町の言葉でいうと「やっちゃば」とは縁があって、幼稚園の頃は千住のやっちゃば(千住市場)の裏に住んでいたし、中学は今では江戸東京博物館になってしまっている両国のやっちゃばの隣の両国中学だった。

 ある時、食べ物屋や飲み屋に詳しい友人から北足立市場に場外食堂があるので行ってみないかと誘われた。自分の家のすぐそばなのに知らなかったのだけど…。行ってみると実に気の置けない、暖かい雰囲気のところで食べ物も美味しい。姉弟のごきょうだい(この場合は漢字ではかけないな)でやっていて、話をしているうちにご両人ともぼくの小学校の同窓生で、お姉さんとは幼稚園も同じことが分かった。その時は友人と不届きにも朝からビールを飲んで帰ってきた。野菜も新鮮、魚は千住の市場から仕入れているからこれまたうまい。

 それから何度か訪れて、一度はカミさんと行ったこともある。尤も近くの公園には朝いつも散歩に行くのだけれど、朝から一人で飲みにお店に寄る訳にも行かないのでそう度々行ったわけではないけど…。かといって場外食堂なので昼過ぎには閉めてしまうから、夜飲みに行くということもできない。でも、行くたびに妙に落ち着く。で、先日くだんの友人と久しぶりに訪れたら今月で閉店の話がでて…。

 前からおかみさんからも聞いていたのだけれど、段々とこの北足立市場で食堂を続けていくのが大変になっているらしい。というのも年々この北足立市場の取扱高が減って、活気がなくなっているらしいのだ。その原因は野菜・果物等の取引における大手のスーパーなどの比率が増えるにつれて、中央卸市場で仲卸を通す取引が減っているという現実があるのだ。

 大手のスーパーなどは産地での直取引や農家との契約栽培など仲卸を通さずに殆どの取引をしている。中には開発輸入と称して海外で商品開発をして直に輸入するケースも出ている。市場の活気がなくなれば、自然と食堂に来る人も減り経営的にも苦しくなる。場外売り場の建物の二階が食堂になっているのだけれど、ほとんどがシャッターが閉まっていて、やっているのはほんの数軒になってしまった。時代の流れかもしれないが、何とも寂しい。あのほっこりとしたイワシのフライがもう食べられないかと思うと、胃袋も寂しがっている。

Sanoshin2016a.jpg


01d3d2557ff4ab5e15618d7c910fe0f53dbd1257ba_00001.jpg
ehagaki.gif



0127e80ead98bdf03f7f86a5d36a7d106de033eab1_00001.jpg018fa46b47592f2f932b5aeb34893bb0a141621b8c_00001.jpg01fceb4cfdb9cdf5ccc0f12a7b15a5197d1b47029e_00001.jpg



 *この北足立市場に入ってみると実に広いことがわかります。
敷地面積は61,076㎡で、実は今移転問題で話題になっている
豊洲市場の青果棟の敷地面積が58,000㎡なのと比べても
それより広いことがわかります。
物流上の立地は決して悪くはないので築地移転にからめての
再活用など何か活性化策はないのでしょうか。


nice!(51)  コメント(5) 
共通テーマ:アート

時の滴 [新隠居主義]

時の滴

Aweine2016.jpg


 ■ ブドー酒の日々

ブドー酒はねむる。
ねむりにねむる。

一千日がきて去って、
朱夏もまたきて去るけれども、

ブドー酒はねむる。
壜のなかに日のかたち、

年のなかに自分の時代、
もちこたえてねむる。

何のためでもなく、
ローソクとわずかな

われらの日々の食事のためだ。
ハイホー

ブドー酒はねむる。
われらはただ一本空壜をのこすだけ。

  (詩集『食卓一期一会』食卓の物語 / 長田弘)


 酒を「寝かせる」という言い方があるけど、もちろん何でも寝かせれば良いというわけではない。ウイスキーとかワインとか一部の果実酒みたいなのはそれに向いているけど、日本酒やビールは余り寝かせることはしないみたいだ。

 以前ポルトガルの港町ポルトでポルト酒の老舗醸造所Sandemanを訪れたことがある。暗いひんやりとした貯蔵蔵には大樽に詰まった膨大な量のポートワインが寝ていた。寝ていたといっても通常のポートワインはそれほど長く寝かせるものではないらしいのだが。

 その酒蔵の一角に金網で仕切られた区画がありその中にはこれまたおびただしい量のワインボトルが並んでいた。こちらの方はどうやら長い期間寝かせて熟成させるタイプの高級なポートワインが保管されているらしい。

 壜は年代順に並べられているらしく、その一角にぼくの生まれ年である1947年という表示を見つけてなんだか飲んでみたくなってしまった。その時酒蔵を案内してくれていたガイドに「高いんだろうねぇ」と聞くと「ええ、かなりお高いと思いますよ」と素っ気なく言われてしまった。やっぱり高いんだ。

 時は金なり、ということか。しかしまぁ、すべてがアジリティー、つまり俊敏性や即効性が重んじられる現代において、この「眠りは」貴重であり、贅沢でもあるのかもしれない。我が家でもその贅沢を最近発見した。それが写真の果実酒で一番古いものは1990年だからいまから26年前に仕込んだものだ。

 実は数年前に同じころのカリン酒を自分で飲んだり、知人に差し上げたりしたのだけれどそれはもう無いものと思っていた。ところが最近断捨離と称して身の回りのいろいろなところを整理していたら、床下収納と滅多に開けない天袋からまた古いガラス製の大きな壜がでてきた。

 もうすっかり忘れていたけれど、その頃は毎年のようにばあさんカミさんといろいろな果実酒を作っていたなぁ。一番古い1990年カリン酒は叔父の家でなったカリンの実を貰ったものを焼酎につけたものだ。1990年と言えば、ぼくは43歳、ぼあさんだって70歳で今のぼくとほぼ同じ歳だ。

 その年ぼくは会社で長いこと居た企画部門から経営管理部門に移って大きな転機を迎えていた。月並みな表現だけれど死ぬほど忙しくなって家にいることはほとんどなくなった。だからそのカリン酒もぼくは余り手を出していなかったのだと思う。多分カミさんとばあさんで作ったのだろう。

 もう一つの1999年杏子酒の方はほとんど記憶にない。その頃には日本のバブルもはげてぼくは夜も休みもなく走り回っていたころだ。朝は暗いうちに家を出て、帰ってくるのは大体夜中の12時を過ぎてから。心のどこにも果実酒を造る余裕などなかった。でもそんな中でも果実酒は造られて、そしてきっとひっそりと家のどこかにしまわれていたのだろう。

 壜の中にはまだ果実も入っていた。本来はタイミングを見て実を取り出すのだけれどもそれをしていないから、濾してみたけれども微細な澱が残っている。でも、数日壜を静かにしておくと澱が沈んで透明で実にいい色になる。口に含むと微かにえぐみはあるけれど、とても濃厚でまさに「時の滴」の趣がある、と感じた。

 考えてみればその26年間、もちろん時は止まってはいなかった。酒が暗闇の中で過ごした26年間を眠ったと表現してもよいかもしれないけれど、それは停止ではなかった。外界のぼくらの時間は眠ってはいなかった。それどころかそれは激変の時の流れだった。しかし経ってしまえばまるで眠りのようにあっという間だ。

 過ぎ去った時はきっと酒の味に浸み込んでいるはずだ。一方ぼくの過ぎ去った時もぼくの身体に浸み込んでいるのだろうか。尤もそれで好い具合の味になってるかは、傍から見れば酒もぼくも両方とも何とも怪しいものだけれど…。

Qweine2016.jpg

gillmans todey.gif


 *大きなガラス瓶から果実を取り出して、残った果実酒を濾してそれを何本かのウイスキーの空き瓶に入れました。(ウイスキーの空き瓶はとっておくもんですねぇ) それにパソコンに残っていた以前作ったラベルを貼る。ラベルのQuittenはドイツ語でマルメロのことでアバウトですがカリンに相当するかも。Aprikoseは杏子です。ぼくの飲み方は、果実酒に氷を入れてそこにドライな炭酸を注いで飲みます。

 **長田弘の詩集「食卓一期一会」は好きで最近よく手に取ります。全編食べ物の詩でタイトルを見ているだけでも楽しいです。中は…台所の人々、お茶の時間、食卓の物語、食事の場面の四つの章に分かれています。詩がそのままレシピになっているもの、中には「戦争がくれなかったもの」のような辛辣なものもあります。



..
nice!(47)  コメント(6) 
共通テーマ:アート

天空の美術館 [Ansicht Tokio]

天空の美術館


Shinjuku2016c.jpg



 ■…親密で家庭的な主題は、カリエールの作品の中心を占めている。ゴーギャンやムンクの悲惨な自伝が精神分析を背景にした注釈者によって数多く分析されているのに対し、カリエールの伝記を構成している家庭生活のささやかな喜びや苦悩は、分析者達からほとんど重んじられいてない。カリエールの生涯に、目立つ出来事や人目を引く恋愛沙汰はほとんどない。… (「ウジェーヌ・カリエール、現実の幻視者」ロドルフ・ラペッティ)


 先日新宿に出た折、夜の約束の時間までまだ随分と間があるので久しぶりに損保ジャパン日本興亜美術館(長い名前だなぁ)に行ってみることにした。新宿の都庁付近には結構頻繁に来るのだけど、そのすぐ近くのこの美術館にはそう度々くることはなかった。それはひとえにぼくが極度の高所恐怖症ということがあるからなのだけど、なんと言ってもここはビルの42階にあるのだから。

 この時はたっぷりと時間があったことと、その時行われていた展覧会が日本ではあまり知られていないウジェーヌ・カリエールの回顧展だったからだ。展覧会のタイトルは「没後100年 カリエール展 ~セピア色の想い~」。カリエールはこの展覧会のサブタイトルにもなっている「セピア色の想い」ということでもわかるように、セピア色の濃淡で象徴主義的な表現をする絵画で知られている。

 会場には90点近くが展示されていたけれど、ほぼ全ての絵がセピア色のものだ。こういう展覧会も珍しいかもしれない。カリエールの展覧会はたしか2006年位に西洋美術館で友人だったロダンの作品との共同展示の展覧会があって以来だと思う。今回の展示は特にカリエール家の所有ものや個人蔵で彼の家族を描いた絵が中心になっている。人物画はセピア色の霧の中から浮かび上がってくるようだ。

 その日の展覧会はやはり画家が一般的でなかったのか、会場に人はまばらだった。場所的に苦手なだけでこの美術館のキュレーション自体は嫌いではない。今までにも「ユトリロとヴァラドン展」や「セガンティーニ展」など素晴らしい企画もあった。最近はゴッホやモネなどの有名作家の展覧会が目白押しだけれど、日本ではあまり知られていない作家の回顧展などにも取り組んでくれるこういう美術館の存在も忘れてはならないと思う。

 展覧会を見終わって42階のロビーに出ると眼下に夕暮れの新宿の街が広がっていた。高層階の美術展といえば六本木のアークヒルズにある森アーツセンターがここより高い52階にあるけど、向こうは景色を見ようと思ったら美術館とは別に展望台の料金を払わなければならないし、何よりも僕の苦手な足元までの窓ガラスというのが気に食わない。

 そこへゆくと、この美術館の42階のロビーはほとんど人もいないし窓には腰高までの台があるからぼくでも窓に近寄ることができる。何よりも素晴らしいのは、遠くのスカイツリーからすぐそばの新宿御苑の森まで雄大なパノラマが見渡せることだ。刻々と光の色が変わってゆく暮れなずむ新宿の街は実に美しい。いつものカメラを持ってこなかったので恐る恐る窓に近づいて持っていたスマホで撮った。今度はちゃんとカメラを持ってきてみようと思いつつ…。


Shinjuku2016.jpg



Shinjuku2016b.jpg
ehagaki.gif

nice!(42)  コメント(5) 
共通テーマ:アート

晴海客船ターミナル [Ansicht Tokio]

晴海客船ターミナル

DSC07235_DxOFP.JPG


 晴海客船ターミナルは今何かと話題になっている豊洲の新市場の海を挟んで丁度真向かいにある。真ん前にはレインボーブリッジを望む絶好の場所にあるのだけれど、その割にはあまり知られていないのか特別なイベントでも開かれていない限りいつ行ってもすいている。元々の目的である船の発着がどのくらいの頻度であるのか分からないけど、横浜の大桟橋みたいには頻繁にないのかもしれない。

 とはいえ、眺めがいいのでカメラマニアやモデル撮影にはよく利用されているようだ。日曜日に久しぶりにいつもの写真仲間とターミナルで待ち合わせて各々気ままに写真を撮ってから反省会と称して築地の場外で飲み会。で、反省だれれども、いつも横着して三脚はパスするのだが今回はさすがに薄暮から夜景とあって三脚は持参した(しかもミラーレス2台)。でも、また手抜きして軽いヤツを持ってきたのでやっぱりボロが出た。三脚の脚がやわなので微妙にぶれている。その上老眼のせいで焦点が合わせにくい。というわけで「老眼+やわな三脚+不慣れな夜景=ピンボケ写真」という見事な図式が成り立って、一番下の最後の二枚はよくある失敗作例となった(小さなサムネイルの写真)。

 失敗したので悔し紛れに言うのではないのだけれど、本当に撮りたかったのは外のデッキからの夜景ではなくて、大きなガラス空間を持つ待合室からの外の眺めだった。此処に前回来たのは六年位前の初冬だと思うのだが、その時はレインボーブリッジの上に月が出ていてなんとも美しい光景だった。さらにその光景を大きなガラスに囲まれた空間から見るとまるで一幅の絵のようだったのを覚えている。その時は時間切れで撮れなかったので、今回はそこから海を見渡した薄暮と夜景を撮りたかったのだ。薄暮はなんとか撮れたけれど、レインボーブリッジに灯がともるころの光景は残念ながら今度は室内のライトが点いてそれがガラスに映り込んで撮ることができなかった。え~と、今回は取り敢えずロケハンという事にしよう。

 窓越しの夜景を撮るならやはり冬の平日が良いかもしれない。今回は日曜日だったので八時過ぎまで開いているが、平日は五時までなので冬の五時なら橋に灯もともり部屋の明かりが落ちた一瞬を狙えるかもしれない。それに確かクリスマスのイルミネーションが始まると室内のメイン・ライトを落とすからその時もねらい目かも。それまで老眼対策と夜景撮影スキルを磨いておくべきなんだろうが、ぼくのことだから怪しいものだ。撮るたびに嫌になってくるという悪循環からなんとか抜け出さないと…。いずれにしても反省会と称する飲み会の方は何とも楽しい。今回の築地のまぐろもまた格別だった。

DSC00076_DxOFP.JPG
DSC07208rs.JPG


DSC00093rs.JPG
DSC00119rs.jpg
ehagaki.gif




 *晴海客船ターミナルの待合室はガランとしていて、ベンチで寝ている人、ずっと膝の上のパソコンで何かの作業に没頭する人、じっと海を見つめている人、など外とはちょっと違う時間が流れているようでした。
 


nice!(47)  コメント(2) 
共通テーマ:アート

晩酌猫 kuro [猫と暮らせば]

晩酌猫 kuro

Kuro2016sdw.jpg



 食事の時には基本的には猫たちを食卓には載せないのだけれど、クロだけは例外でぼくが食事をしながら晩酌をしている脇に控えている。クロは身体が小さいことと、ばあさんの躾でそうなってしまった感がある。食卓の上に居てもさして悪戯はしないのだが、かと言って油断しているとお魚ののったお皿にソーッと手が伸びてきたりする。

 クロは2004年の10月にまだ生まれてひと月も経たないような子猫の時に家の前で倒れていたのをばあさんが保護したのが縁で飼い始めたからもう12歳になる。この間テレビで日本の飼い猫の平均寿命が11歳に伸びたというニュースをやっていたので、クロももう飼い猫の平均寿命を超えたわけだ。

 以前飼っていた白猫のタマは18歳まで生きたからクロもまだまだ頑張ってもらいたいのだけれど、ばあさん猫になったからか、最近とみに人使いがあらく、やきもちやきになってきた。とにかくぼくが家に居る時は一日中後をついて回る。普通猫は余りそういうことはないのだけれど、それにクロだって以前はそうでもなかったのだけれど…。

 一匹だけで飼っている場合はそうでもないのかもしれないけど、三匹もいると独占欲が出てくるのかも。朝も朝食が終わるとなんとかぼくを寝室の方に連れてゆこうとする。とにかく自分の気が済むまで話さない。後ろを振り向き振り向き人を寝室へと誘導する。寝室に入ると自分はさっさとベッドに上がって横になる。これが朝の儀式で、これをしないと一日がはじまらない。

 一事が万事で何かやって欲しいことがあると、ぼくの所に来て鳴く。しらんぷりをしていると、段々大声になる。ぼくが椅子に座っている時は立ち上がってぼくの袖を引っ張る、結局根負けして言う事を聞いてしまうのだ。モモはそういうところが見たくないのか、プイとどこかへ行ってしまう。ここら辺が今の悩みと言えば悩みではあるけど、晩酌猫のクロをはべらせての夕餉のひと時は何ものにも代えがたい時間だ。いつまでも続いてほしいと願っている。


kurojif2016.gif



catblack.gif

nice!(39)  コメント(10) 
共通テーマ:アート

銀座で偲ぶ… [Ansicht Tokio]

銀座で偲ぶ…

Ginza2016a.jpg


 土曜日は銀座で大学のゼミの恩師を偲ぶ会を兼ねた同窓会があった。大学を出て今年で40年、その間何年かに一度、教授を招いて同窓会をやっていた。次回の同窓会は教授の米寿のお祝いを兼ねて、と思っていたが昨年米寿を前にして亡くなられた。今回は先生を偲んで…、という趣旨で集まろうと。ずっと幹事をやらせてもらっているけど、40年も経つとやっぱり時の流れを感じる。

 ゼミの卒業生は教授がゼミをやめるまでかなりの数の卒業生がいるのだけれど、どこの同窓会でもそうだと思うが、段々と出席者が減ってくる。今年は80名位いに案内を出して出席が13名。それも多くはゼミ初期のメンバー、ということは皆そこそこいい年齢なのだ。

 会場は銀座の老舗ビアホールのビルのパーティールームにしたので歩行者天国の目抜き通りをぶらつきながら向かった。土曜日という事もあって銀座四丁目付近の通りはなんか祭りのようだった。銀座は昔から一番よく来る繁華街だけれど、最近の変化はめまぐるしい。高級ブランドショップの林立などの変化はぼくなんかは必ずしも好きではないけれど…。

 歩行者天国ではグループでダンスをする若者達がいる。それにこれはいつも見かける光景だけど、あちこちでテレビのインタビューも行われている。Appleストアーの前は新機種iPhone7の発売でごった返している。さすがにもう徹夜組の列はないと思うけど、店内は混雑状態で外国人観光客らしい人たちも興味津々だ。

 四丁目の交差点の角の旧日産ショールームは建て替えられて、今度はNissan Crossingとして生まれ変わった。準備万端整って来週の24日のオープンを前に円筒形のショーケースの中にはおそらく最新の日産の車であろう、車体にカバーをかけられた車がもうスタンバイしている。

 何となく人ごみに酔うような感じで会場に着いた。幹事としては先生を偲ぶ会だし、皆そこそこの歳なので盛り上がるかちょっと心配していたけれど、そんな心配は要らなかった。というよりは元気な人が此処に来ているのだと思った。それは幸いなことだ。



 人生の中では時々似たようなことが続くことがある。次の日の日曜日にも「偲ぶ会」が続いた。大学院時代の恩師の教授が急逝し母校で偲ぶ会が行われた。恩師と言っても10年前にぼくが59歳の年に大学院に入った時の教授だから年齢はぼくより二つか、三つ上くらいなのだ。

 ぼくのことを今までで一番年長の教え子と言っていた。日本語教育の女性教授で商社にお勤めのご主人の関係で、アメリカとスペインの生活が長かったらしい。とにかくパワフルで思い立ったらすぐ行動というタイプ。学生は煽られっぱなしだった。よく授業の始まる前に教室で待っていると廊下からカッカッというヒールの音が響いてくるので先生が来ることが分かった。

 偲ぶ会ではご主人がご挨拶をされて…。先生は二年前に定年で退職されその後あのパワフルさで色々な趣味に励まれたという事だけど、今年の春にスキルス性の癌がみつかり、わずか二か月足らずで逝ってしまった。享年72歳。死期はご自分でも分かっていらしたらしく、最後の言葉は「一切やり残した事は無い、良い人生だった」という事だったと言う。中々出来ない生き方だなぁ。合掌。

Ginza2016b.jpg

(photos by iPhone6/写真の上でクリックすると写真が大きくなります)


Ginza2016c.jpg
today.gif


nice!(40)  コメント(7) 
共通テーマ:アート

縁側の時間 [下町の時間]

縁側の時間

昭和30年縁側現像後rs.jpg



  ■ 宗助は先刻から縁側へ坐蒲団を持ち出して、日当りの好さそうな所へ気楽に胡坐をかいて見たが、やがて手に持っている雑誌を放り出すと共に、ごろりと横になった。秋日和と名のつくほどの上天気なので、往来を行く人の下駄の響が、静かな町だけに、朗らかに聞えて来る。肱枕をして軒から上を見上げると、奇麗な空が一面に蒼く澄んでいる。その空が自分の寝ている縁側の、窮屈な寸法に較べて見ると、非常に広大である。たまの日曜にこうして緩くり空を見るだけでもだいぶ違うなと思いながら、眉を寄せて、ぎらぎらする日をしばらく見つめていたが、眩しくなったので、今度はぐるりと寝返りをして障子の方を向いた。障子の中では細君が裁縫をしている。
「おい、好い天気だな」と話しかけた。…   (夏目漱石「門」)


  夏目漱石の小説「門」はこんな縁側の情景から始まる。小説「門」はこれから複雑な人間関係のドラマが始まるのだけれども、まるでその前の一時の静寂を楽しむように縁側の時間が展開してゆく。

 今の都会では一軒家といえども縁側とその先に広がる自宅の庭などは望むべくもないが、ぼくの子供の頃は下町の家でも縁側と庭付きの家も珍しくはなかった。ぼくが育った千住の平屋の一軒家にも縁側と庭があって、庭には親父がこしらえた小さな池もあった。

 今思ったらそれほど広くはないスペースだったのだろうけれど、子供の時は縁側の一直線がとても長いものに感じられてよく端から端までダッシュして親に叱られたものだ。子供部屋はあったけれど、特に夏などは家に居る時は大半は縁側で過ごしていたように思う。

 そこは勉強部屋にも(めったに勉強などしなかったけれど…)、プラモデルを組み立てる部屋にも、夏は子供の寝室にも自在に変わることができた。家族のイベントも考えてみればほとんどがそこで行われていたな。夏の花火や冷えたスイカの種の飛ばしっこ。夏の終わりになるとどこからともなくスイカの芽がでくる。

 ぼくのウチは当時は親戚に同じくらいの歳の子供が大勢いたので、親戚の子供達が集まって遊ぶのもやはり縁側だ。縁側でちらし寿司やお菓子を皆で食べる。パーティーなんぞというハイカラな言葉は使いこそしなかったけれど、今考えてみればそれは紛れもなくパーティーだったのかもしれない。

 そして縁側の縁の下は子供たちにとって格好の探検の場所でもあった。ちょっとヒンヤリした空気と微かな埃とカビの匂い。その先に広がる闇は行ってみたいような、行くのが恐ろしいような。ぼくは一度その縁の下で戦時中の防毒マスクを見つけたことがある。最初はなんだかわからなかったけど、その不気味な仮面のようなマスクの先に突き出していた象の鼻のようなパイプが尋常ならぬものだということは子供心にも感じとれた。

 縁の下からは子猫の声が聞こえたり、家で飼っていた鶏の卵が出てきたり異空間につながるドラえもんのどこでもドアみたいな感じだ。今でも地方の農家や古民家に行くと縁側のある家が残っている。それらの家の縁側に座ると、何とも言えない安心感に包まれるのはぼくだけだろうか。もし、時間にも世界文化遺産のように世界時間遺産というものがあるとすれば、貧しくとも幸せだった「縁側の時間」は間違いなく世界時間遺産になると思うのだけれど…。



IMG_0065-001.jpgIMG_0048-001.jpg


下町の時間canvas.gif


nice!(46)  コメント(6) 
共通テーマ:アート

猫を巡るアフォリズム Aphorisms on Cats ~その23~ [猫と暮らせば]

猫を巡るアフォリズム Aphorisms on Cats ~その23~

DSC03897r.JPG


  ■猫のたたずまいには、孤高を堪能しているような何かがある。
    
(ルイス・J・カミュティ/米国の猫獣医、1893~1981)
  There is something about the presence of a cat...that seems to take the bite out of being alone.


 ウチには白、黒そして灰色の三匹の猫がいる。日中に三匹で一緒にいることはまずない。尤もぼくとカミさんも日中は別の部屋にいることがおおいけど…、猫も含めて1日に二度はみんなが一緒の部屋に集まる。

 それは朝食と夕食の時なのだけれど、その時間の催促をする担当が猫たちの間では決まっているようなのだ。朝食の時はクロが呼び出し担当で朝一番でベッドの上にぼくをおこしにくる。

 クロのタイムリミットは7時半でそれ以上になると、「ニャゴー(おきろ〜)」と大声を出してぼくの顔の上に乗ってきたりする。その間他の二匹は「早くおこしてこいよ〜」といった感じでぼくとクロのやり取りを見つめている。猫たちは家中みんなが揃わないと自分たちの食事も始まらないのを知っているようだ。

 夕食の催促担当は白猫のレオで、彼のタイムリミットはちょっと細かくて5時20分。ぼくが二階の部屋でパソコンを打っていたりすると、カミさんの食事の支度が始まる5時頃には一階の階段の下でぼくが降りてくるのを待っている。

 暫く待っても降りてこないと、そこで二、三回鳴いて今度は二階の階段を上がった辺りで待機。それでもダメだとダルマさんが転んだ、みたいにジリジリとぼくの机に近づいて来る。

 そして5時20分になると、ついに待ちきれなくなってぼくの机の上に乗ってきてぼくの顔の真ん前にきて睨みつけてンニャ〜。こうなるともう、もう一緒に階下に降りるまでかんべんしてもらえない。灰色猫のモモは催促担当はやらないけど、猫用のランチョンマットを床に敷いてぼくが猫茶碗を三つ用意しているうちに真っ先に定位置について待っている。

momo2016rs.jpg



 食事が終わっても飼い主としては暫し猫を交えてまったりとした家族団らんのひと時を…、と思うのだけれど、猫たちは自分たちの食事が終わると「は~い、解散!」みたいに各々のお気に入りの場所に散ってしまう。

 レオは大抵は一階の居間の出窓に陣取る。一階の寝室のベッドの上はクロもモモもお気に入りの場所なのだけれど、これは早い者勝ちなので二匹一緒に居ることはない。

 モモがベッドの争奪戦に負けた時は大抵二階のぼくの机の上で午前中を過ごす。クロのお気に入りの場所は二階の出窓の所で、寝そべって外を見たいのでブラインドが邪魔だと器用に手で広げて外を見ている。

 モモもクロも甘えるのが好きでぼくの膝の争奪戦もあるのだけれど、それだってひとしきり甘えて満足すると、自分のお気に入りの場所に行って寛いでいる。基本的には一人が好きなのかもしれない。

 猫は一人でいてもちっとも寂しそうに見えない。それどころかその佇まいには侵しがたいような、他人が邪魔するのがはばかられるような雰囲気さえ漂ってさえいる。一人で居ることのあの心地よさ、そしてそれで好いのだというあの確信はどこからくるのだろうか。

Kuro2016rs.jpg




catj0205360.gif
cats_life.gif

nice!(50)  コメント(9) 
共通テーマ:アート

美術館で… [新隠居主義]

美術館で…

DSC05923r2.JPG


 ここのところまたちょっと固めて美術館通いをしている。行きたい気分になるのにムラがあるという自分の性格にもよるのだけれど、美術展の方もどうやら展覧会向きの時期というのがあるらしくて見たいものの会期が重なるというのもあるみたいだ。

 それはもちろん企画展や特別展示のことを言っているのであって、収蔵品をもつ美術館の常設展なら基本的にはいつだって行けるのでその気軽さがいい。でも、大規模な特別展などは世界中から名画の方からやってきてくれる訳で、東京のような大都市に住んでいる役得みたいなものなのでそれも逃したくない下心もあって…。

 ぼくは本当はなじみの作品がゆったりとみられる常設展が好きだ。大好きな西洋美術館の常設展は大昔から毎月のように行っていたのだけれど、あの世界遺産登録の騒ぎでここのところちょっと足が遠のいていて、結構ストレスが溜まっている。

 西洋美術館はルーヴル美術館みたいに規模が大きすぎないので気が向いた時にフラッと行ってお気に入りの作品だけ観てくるなんてこともできる。絵は不思議なもので何度見てもその時の自分の状態で感じが変わってくる、どこか心の鏡みたいな面を持っていると思う。

 あ、そう言えばルーヴル美術館はずっと昔は「ルーヴル博物館」って言っていたような気がする。大英博物館がBritish MuseumでルーブルがMusée du Louvreだから、同じように訳すならルーヴル博物館だと思うのだけど…。概念としては博物館=Museumが一番大きな概念で、その中に美術館(美術博物館)=Art Museumや科学博物館=Science Museumなどのカテゴリーがあるのだと思う。

 それに収蔵品を持たない国立新美術館なんかも、固いことを言えば美術館(Art Museum)ではなくてアート・ギャラリー(Are Galarie)とかアート・センター(Art Centre)とかなんだけど、国立新美術館も英語名はちゃんとThe National Art Center, Tokyoとなっている。国立新美術館という日本名は最初はぼくなんかも違和感があったけれど、今では慣れてしまったなぁ。

 一方、東京都美術館(Tokyo Metropolitan Art Museum)はもともと収蔵品を持つ美術館と公募展や企画展なども行うアート・ギャラリーの両面の機能を持っていた美術館だ。しかし現代美術の収集収蔵機能は後から出来た東京都現代美術館に移行され、大規模なアート・ギャラリー機能は国立新美術館に持っていかれて微妙な立場になってしまっていたけれど、改修後にモネ展や若冲展などで盛り返そうと頑張っている。今後どうなるか楽しみ。

 まあ、細かいことは抜きにしても、常設展のような場所があるというのはとにかくありがたい。前にも書いたけれど、ぼくはサラリーマン時代に仕事で行き詰まって辛い時に何度か西洋美術館に来て救われたような気になったことがある。この静かで時間が止まったような空間に身をおいてゆったりと観てまわると次第に気持ちが落ち着いてくるのだ。

 そして馴染みになった絵の一枚一枚を観てゆくと、それらの絵のどれ一枚として忽然としてこの美術館に現れたわけではないことに気付く。その多くはまず作家自身の中での格闘の末に一つの形として一枚の絵が生まれ、そしてそれは生まれ落ちたと同時に今度はその作家の生きた時代や世間の非難や怨嗟の波にもまれ、その末に時を経てやっと此処にたどり着いたのだと。美術館はその魂の安住の地でもあってほしい。

DSC05924r.JPG


gillmans todey.gif


 *写真はベルリン旧国立美術館(Alte Nationalgalarie Berlin Germany)
   **写真の大きな絵はルノアールの「ヴァルジュモンの子どもたちの午後(1884)」という作品。


nice!(46)  コメント(4) 
共通テーマ:アート

大人買い [新隠居主義]

大人買い

016741bfeba0d94c047d71f21e77c24ed0b9f1548a.jpg


 ぼくらの世代には誰でも大人になったら誰気兼ねなく自分のお金で買ってやるぞなんて思った品があるんだと思う。ぼくは終戦後すぐの生まれだから、誰彼構わず日本中が貧しかった。ぼくのすぐ上の世代は、もっと切実で大人になったらアレを腹いっぱい食べてみたい、というような食べることの欲求が強かったかもしれない。

 もちろんぼくらの世代にだって食料が十分あったわけではないから、心の底には飢えた記憶や、空腹への恐れはあるのだろうけど、そこらへんは物心つく前だったから主に親が苦労してくれたんだろうと思う。そして遊び盛りから、小生意気になるあたりに世の中は上向き初めて、新しいオモチャやら遊び道具が出始めてきた。

 ぼくの場合、小学校の中ほどくらいからお小遣い制になったような気がする。だから買いたいものはそのお小遣いをためるか、お正月のお年玉を使うかだったけど、子供のことだからそう計画的にできるわけではない。お年玉は貯金させられたりしてたから、やっぱり欲しいものがあると親におねだりという事になるのだけど、それが中々一筋縄ではいかない。

 家は貧しいという訳ではなかったけれど、とにかくまず我慢しなさいと言われて、それでも粘ると例えば半分まで自分のお小遣いで貯めたらあと半分をだしてあげるとか、2つ欲しいものがあったら1つは我慢するか後回しにする、とか親の方にも子供の言いなりにはならないぞ、という感じがあった。

 それは今でもぼくの中で息づいていて、何か欲しいものが複数あったらまず、一つにして他のモノは後回しにするか我慢するという気持ちが湧いてくる。カミさんに言わせるとそれはただの貧乏性みたいなんだけども…。そんなこんなで親との駆け引きで子供時代を過ごしてきたのだけれど、それでもどうしても手に入らなかったものがあった。

 それは、HOゲージとかいう鉄道模型で、それは当時はなんたってお金持ちの道楽みたいなもので下町の洟垂れ小僧達には手の届くものではなかった。小学校時代は喧嘩仲間のY君が近所に住んでいて、彼の家には立派な鉄道模型があったから遊びに行くと八畳の部屋にレールをしいて遊んだのだけれど、列車には触らせてはくれないので、結局はいつも喧嘩になって帰ってくる。

 結局、そこらへんのフラストレーションはまだ買いやすいプラモデルかなんかに転嫁されていたんだろうと思うのだけれど…。で、大人になって大人買いするようになったかというと、どうも先ほどの貧乏性の方が勝ってしまって、威勢の好い大人買いができない。

 最近、ちょっとハマっているのが元来子供のオモチャのガチャで、見かけるとついやってしまう。もちろんガチャなら何でも良いという訳ではなくて、鳥獣戯画と海洋堂の仏像ガチャに限る。それでも多少大人買いの気分になるのはこれらは普通200~300円のところ100円高い400円なのだ。それを子供をわき目に時には2個連続で買ったりする。なんとも大人げない、大人買い。

gachabutsuzo01.jpg



gillmans todey.gif

nice!(50)  コメント(8) 
共通テーマ:アート

世界は… [Column Ansicht]

世界は…

Scheiss01a.jpg


  なんか世界がちょっとザワザワしてきたような感じがする。ぼくは確たる政治的信念を持った人間ではないし、~イズムというものを余り信じない方なんだけれども、それでも日本や世界の政治がどんなベクトルをもって動こうとしているのかについては関心もあるし心配もしている。

 政治については全くの素人なので、もちろん何らかの専門的な分析ができるわけではない。しかし、自分の乏しい経験から、自分の身を守るために自分なりに一つの皮膚感覚のようなものを大事にしている。それは政治に関して、①激しすぎる言葉、②シンプルすぎる論理、③勇ましい言動、この3つに対しては本能的に身構えるようになっている。心のどこかで「ちょっと待てよ」と囁く声が聞こえる。

 経験と言っても各々の項目に対応する明確な体験がある訳ではないけど、考えてみると大きくは大学時代の学生紛争の時の経験と、昔少しかじったヒトラー時代の勉強の影響が大きいと思う。確かに歴史を動かして行くためには大きなエネルギーが必要だし、そのためにはある意味で激情も必要かもしれない。しかしその激情がどこに向かうのか、そのために切り捨てるものは何なのか「ちょっと待てよと」振り返ってみる必要があると思う。

 激しい言葉、シンプルすぎる論理、そして勇ましい言動は時として人を惹きつけるかもしれないけど、その過程で普通なら見えるものが、もしくは見るべきものが見えなくなり、そして自らもそれに酔いしれてゆく危険を孕んでいる。人を否定し、他を排除し、ブルドーザーのように突き進んでやがて熱が冷めた時の惨劇は歴史が嫌という程目撃しているはずだ。いくら時間がかかっても、自分の目と耳と皮膚感覚を動員して自分の頭で考え行動することが大事だと自分に言い聞かせている。





column.gif

nice!(40)  コメント(2) 
共通テーマ:アート

野心 [Column Ansicht]

野心

DSC08108r.JPG


 「野心」という言葉は決して嫌いじゃない。なんか脂ぎっていてギラギラするものを感じる。最近は草食系男子とか色々取りざたされているけれど、若い人の心根のどこかにはそんなものも持っていてほしいという勝手な願望を抱いている。じゃあ、自分が若い時にはそんな野心を持っていたのかというと、まるでそんなことはなかったから、やはりジイさんの戯言といわれそうだ。

 野心という言葉を辞書で引くと「ひそかに抱く、大きな望み。また、身分不相応のよくない望み。野望」この後半のところの[身分不相応のよくない望み]というのは微妙だなぁ。望み自体がよくない内容なのか、それとも身分不相応の大きな望みを持つことがよくないのか。尤も手がすぐ届くような身分相応のものであればギラギラ感などは出てこないし、野心とも呼べないと思うけど。

 ぼくが思うに、野心にも二つの種類があるのではないか。一つは「何者かになりたい」という野心。ビジネスマンなら会社の社長、政治家なら東京都知事、国務大臣そして内閣総理大臣などの地位に上り詰める。もう一つはそういうものよりは「何事かを成し遂げたい」という野心。この二つは互いに絡み合っていることもあるし、その片方だけがその人の野心を形作っているという、場合もあると思う。

 野心というと政治家がすぐ浮かんでくるけど、ぼくは若い頃ひょんなことから国会議員の秘書のようなものを一年間やったことがある。その時(その時代のという意味でもあるけど)でも政治家は金とか裏の顔とか色々なことが言われていたけれど、基本的には優秀な人たちであると言えると思った。

 マスコミなどは彼らが金銭欲や権力欲だけで政治家になったようにいう事もあるが、彼らはもし政治家になっていなくても世間ではそこそこの成功は手に出来たに違いないという感じはしたし、歳をとっても野心のようなギラギラしたものをなくしていないことも凡人から見れば稀有なことに思えた。

 でも、少しその世界の息を吸ってみるとその彼らの野心は政治家生活のどこかの時点で、何事かを成し遂げたいという野心から、何者かになりたいという野心へと変質していっているのではないかと思い始めた。それはぼくの若気の至りの見方で、何事かを成すためには、まずそれにふさわしい何者かにならなければならないのだ、という事があるのかもしれないが…、どこかの時点で後者のほうが自己目的化していったのではないかと。

 考えてみれば、明治維新を成し遂げた幕末の志士の野心の核は「何事かを成し遂げたい」という野心だったと思う。彼らは藩主にも殿様にも公家にでもなりたかったわけではない。それはもう一つの野心の対象である「何者かになる」、という「何者」自体が崩壊しかけていた時代だったからだろう。同様に戦国時代も野心の対象は天下統一を成すということが野心の対象だった。変革、混迷の時代にはそういう野心をもつ人物が出てくるのかもしれない。

 今世界は混とんとし始めているし、さらに混迷を極めるだろう。こういう時代には一方では現状に固執する草食系人間が増殖してくると同時に片方では野心を持った新たな人物なり勢力なりが次々と登場してくるに違いない。「何者かになろうとする者」「何事かを成し遂げようとする者」「何事かを成し遂げるために、何者かになろうとする者」もちろん、彼らが成し遂げようとする何事かが、万人にとって幸せなこととは限らない。ぼくらが自分の身を守るためにも今こそ目を凝らして彼らの野心の中身を見据える必要があると思うのだけれど。



column.gif


..

nice!(40)  コメント(6) 
共通テーマ:アート
前の15件 | -