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別れ [猫と暮らせば]

別れ

  Leo

  僕の本棚には袱紗(ふくさ)に包まれた小さな包みがおいてある。

三年前の春に15才で死んだ猫レオのお骨だ。小さな骨壺に入っている。いつかは土に返してやろうと思いながらまだ果たせないでいる。
ペットと暮らす幸せは何にもかえ難いものがあるが、寿命が人間よりも短いが故に悲しい思いもする。それが厭でペットは飼わないと言う人もいるし、辛いけれどもそれだから命の尊さを知らされるという人もいる。ペットロスといってその悲しみからなかなか立ち直れない人達も多いと聞く。

レオの場合も年齢から言っていつかはそんな日が来るとは覚悟はしていたが、死なれてみると悲しいことにかわりはなかった。しかし、救いだったのは彼の「凛とした死に方」に勇気づけられもし、教わることも多かったことだ。

レオはチンチラのシルバーで、うちに来たときはもう5歳だった。会社の先輩が飼っていたのだが娘さんが喘息になってしまい、それ以上飼うことが出来なくなったので貰ってくれないかと頼まれたのがきっかけだ。(その前には上司から子猫のタマを貰ってくれないかと言われてタマをひきとった経緯がある)

真っ白でふわふわとしたその生き物は貰われてくると居間のイスの下に入ったまま一日中出てこなかった。二日目に空腹に負けてやっと出てきたがタマとの挨拶はまだ済んでいなかった。喧嘩にならなければいいが、と思っていたらどうやらお互いに干渉しないということで話がついたらしく、無視を決め込んでいた。それ以来10年大きな喧嘩は一度もなかった。

レオの晩年にはやはりチンチラのチャーがやってきて3匹体制の暮らしがしばらく続いた。レオの様子が大きく変わってきたのは死んだ年の正月休みが終わった頃からだった。足がふらつくようになった。異常に寒がりになった。今までは夜は居間のソファーの上で寝ていたのが僕の枕元で寝るようになった。そのうち僕の枕を半分占領して僕の頭に体をつけて寝るようになった。その方が体温が伝わって暖かいのだろう。

ある晩、夜中に僕は頭から熱湯をかけられる夢を見て飛び起きた。実際に頭が燃えるように熱い。気を落ち着けてよく見るとレオが僕の頭に体をくっつけたままオシッコをしたのだ。少しボケが来ていたのかも知れない。

しばらくしても足のふらつきが直らないので獣医に連れてゆくと「老衰」ということだった。年のせいで足腰が弱っているうえに、腎臓の機能が低下しているので腎不全をおこす恐れがあると言うことだった。腎臓の薬と流動食を口に入れてあげる注射器の針のないような器具をもらって帰る。
帰り際、「しっかり看取ってあげてくださいね」と言われたので急に悲しくなった。

帰ってきてからはレオの好きなところに寝かせてあげるようにした。よたよたとやっとの事で歩いて、お気に入りのソファーの下に落ち着くと一日中そこに寝ている。腎臓の機能が弱っているので頻繁にスポイトで水を飲ませ食事と薬は流動食を口に入れてあげる。僕はその頃仕事に追われて夜遅くならないと帰らないし、休みの日も会社に出ていたこともあったから、かみさんが一人でレオの面倒を見ていた。

レオに感心したのは、どんなに足もとがおぼつかなくてもトイレだけは自分で歩いていってやっていた。最期の方は、後ろ足が立たなくなったので、前足だけで後ろ足を引きずりながら這ってトイレに行っていた。そんな姿をみると涙が出てきた。

最期の日はもう体温も低くなったので、僕がいつも座っているリクライニングシートにバスタオルでくるんで寝かせた。レオはトイレに行こうとしたがもう起きあがれないので、そこでオシッコをしてしまった。

なんだかすまなそうな顔をしてかみさんの方を見上げていたが、かみさんは「いいよ、いいよ、今日くらい、そこでしちゃいな…」と言って、泣きながらレオの頭をなぜてあげた。
それからレオはそのままずっと眠っていた。

時折チャーが心配そうにのぞき込むようにして見にくる。
レオは次の日に静かに息を引き取った。

 
 Leo


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コメント 6

mimimomo

悲しいですね。わたくしが中学のころだったかしら。うちにクロと言う名の犬がいて、病死しました。悲しくて悲しくて・・・。今はうちでは飼っていません。
by mimimomo (2005-08-11 11:27) 

tanaka-ma3

ウチの娘は、最初に飼ったハムスターが天国に行ったとき、すごく悲しみ命の大切さを学んだように思います。
by tanaka-ma3 (2005-08-11 11:55) 

従者

こんにちは。
私の家にも、いまだに手放せない小さな白い壷の入った包みがあります。
5月に看取った子のものです。19歳、今までの子の中で一番長生きでした。
最期の数年は、数々の病との闘いでした。やはり、ボケも亢進していました。
獣医さんは、病気になれるほど長生きできたんだよと言って下さいました。
ともに暮らした子とのお別れは、いつだってとても辛く、苦しいです。
でも、力いっぱい生きて、病気と闘って、色々なことを教えてくれました。
生きることがどういうことなのかということ、そして命の重みということ・・・。
失うことの悲しさよりも、与えてもらえることの喜びを選ぶ私です。
・・・というより、単純なネコ好きなんですけれど(笑)
by 従者 (2005-08-11 11:58) 

IXY-nob

ペットの死から学ぶこと。生命の尊厳。理解は出来るのですが、実際の場面は辛すぎますね。
by IXY-nob (2005-08-11 12:12) 

こんにちは、家も上の猫がもう15歳を過ぎているので、末期を考えると辛いものがあります。私は焼いて、自分が死んだ時に一緒にお墓に入りたいなと思っていますが、人と動物を同じ墓に埋葬するのは許されないようです。だから、内緒でこっそりねって、思っています。息子に言い残さないとね。
http://blog.so-net.ne.jp/kogin/2005-07-14
よかったら、↑ここを覗いてみて下さい。癒されるといいのですが・・・
by (2005-08-11 12:27) 

gillman

「いっしょに暮らして、いっしょに笑ったね」
ともに過ごした時間が生き物を結びつける絆ですね
人と人、人と猫でも
by gillman (2005-08-11 18:57) 

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