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お化け煙突 [下町の時間]

下町の時間 お化け煙突

 

お化け煙突Image1b.jpg


 自分の子供時代のことを思い出すと、必ず頭に去来する一つの風景がある。父と近所の隅田川の堤防に遊びに行って写真を撮った。その時の隅田川の黒い流れと、うしろからじっと見つめるように立っていたお化け煙突の姿だ。昭和三十年代の初めの頃のことだ。
その煙突は子供の頃、外で遊んでいるときはいつも僕の視界の中にあった。僕の住んでいたところからは四本の煙突が見えたので僕らは四本煙突と呼んでいた。
子供の頃はどうしてお化け煙突と言うのか分からなかったけれど、小学校に入ってから父の車に乗って荒川を越えるとき次第に煙突の見える本数が変わっていくのでその名前の理由が分かった。


お化け煙突の全容

 正式な名称は「東京電力千住火力発電所」という。隅田川と荒川放水路に挟まれた地帯にあって、隅田川には発電所に石炭を運ぶ船が行きかっていたのを覚えている。建設されたのは大正15年(1925年)というから古いものだ。煙突の高さは83mでずっと日本一高い煙突だった。
僕の子供の時の行動範囲は、自転車を買ってもらってから随分広くなったが、帰って来られなくなりそうで怖くて、お化け煙突の見えないところには行けなかった。
 
 どこかへ旅行に連れて行ってもらっても、帰ってきてお化け煙突が見えるところまで来るとホッとした。僕は特に父といった隅田川の堤防から行きかう船を見ながらお化け煙突を見るのが好きだった。お化け煙突を思い浮かべるとき、不思議と色と言うものを思い出さない。煙突は鈍い鉛色か銀色だったと思うが、発電所の前に積まれた黒い石炭の山と汚れつつあった隅田川の黒い色だけが強烈に浮かんでくる。唯一、色としては沈んで行くゆく真っ赤な夕日が隅田川の川面に映ったときの深いオレンジ色が目の底に残っている。もともとあの頃の下町自体に色が少なかったのかもしれない。だからお祭りのときの飾りやお神輿もよけい眩しく見えたのかも知れない。

「煙突の見える場所」

 お化け煙突は映画にも登場している。五所平之助監督の映画「煙突の見える場所」(1953年)の中に登場している。というよりは画面の中で重要な役を占めている。映画はお化け煙突の下に住む人々の庶民生活の哀歓をユーモアとペーソスで描いており、1953年ベルリン映画祭、国際平和賞を受賞し戦後日本映画が海外でも評価される魁ともなっている。
*1953年(昭和28年)、五所平之助監督、新東宝、高峰秀子、上原謙、田中絹代、芥川比呂志(演)

もう一つの映画には脇役として登場している。それは同じ年に創られた小津安二郎監督の「東京物語」(1953年)だ。この作品が僕は好きだ。

「東京物語」

 物語は、尾道に住む平山周吉70歳(笠 智衆)と、とみ67歳(東山千栄子)が、東京で暮らす子供たちの所へ旅をする話だ。子供はぞぞれ頑張っているが自分の生活に精一杯でなかなか老いた両親をかまってやれない。原節子の演ずる戦死した次男の嫁だけが暖かく面倒を見てくれる。
お化け煙突の場面は、笠智衆 東山千栄子が東京に出てくる最初の場面で使われている。東京と言えば銀座や東京駅が考えられるが、これから訪れる子供達が苦労している都会の象徴としてここを選んだのではないかと思う。劇中での老夫婦の台詞に「ここァ 東京のどの辺でしゃァ?」「端の方よ」というやりとりがある。医者になった長男の医院が都心でなく荒川土手のような東京の「端」にあることに対する不満の心が混じっている。煙突の光景は近くの尾竹橋あたりから撮ったと思う。鉄橋の写っているシーンは荒川土手らしい。この土手は金八先生のロケにも使われているようだ。

 両方の映画に共通しているのは、千住やお化け煙突を望む街やその街に住む人が、豊かとはいえなくても人間くさく必死に生きている姿の象徴として取り上げられていることだと思う。良いとか、悪いとかではなく生活そのものの重みと日常の営みを見つめている。その象徴にお化け煙突が使われていた。

 その後、お化け煙突昭和39年2月に使命を終えてひっそりとその火を消した。その年の秋、東京オリンピックが開催され、日本の長い高度成長時代が始まった。うなされたように僕らは前に進み、いつしか心の中からもお化け煙突の姿が消えていった。


           


*小津の映画の中の日本語を聞いていると、とても美しいですね。その響きやイントネーションがとても優雅です。これは完璧主義者の小津の拘りで、少し人工的だなという印象を持っていたけけど、先日当時の街頭インタビューの録音を聞いたら、小津の日本語そのままだったので驚いてしまいました。五十年の時間の中で、日本人の面構えと同様に日本語も変わってしまいましたね。

*「東京物語」の配役はすごく、皆それぞれ存在感をもっているが、とくに香川京子の無垢でひたむきな瞳の輝きがとても印象的でした。小津作品に限らず、当時の映画を見て感じるのは、役者の瞳の輝きが素晴らしいと言うことです。

p.s.
*このブログに載せたお化け煙突を背景に撮った父とのこの写真がテレビの番組の中でちょこっと紹介されました。
  BS-TBSの「関口宏の昭和青春グラフィティ」
  放映は6月28日(火)の22:00~22:54でした

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コメント 30

かめむし

報道写真家が撮った写真より、庶民が自らの生活を撮った写真のほうが、
その時代がわかるような気がしました。
by かめむし (2005-11-22 19:59) 

mimimomo

こんばんは。
素晴らしいお写真、素晴らしい思い出が
gillmanさんの心に残っていますね。わたくしも年齢からして
終戦後の思い出はあります。当時は悲しかったことも
今はいい思い出になっています。
by mimimomo (2005-11-22 20:52) 

mami

こんばんは~♪
東京に火力発電所があったのですね~!
ご幼少の頃の思い出がこの煙突、大事にしたい事と思います。
東京オリンピックは忘れられないTV番組でした。
お越しいただきまして、ありがとうございます。m(_ _)m
by mami (2005-11-22 20:55) 

lingnam

おばけ煙突のことは聞いていましたが、
その名にふさわしく本当に大きい煙突だったのですね。
戦後のめまぐるしい時代のうつりかわりを実感できる
貴重なお写真をありがとうございます。
by lingnam (2005-11-22 21:52) 

Silvermac

お父様とご一緒の写真、良い思い出ですね。昔は煙突のある風景が随所で見られましたが、今は見られませんね。東京物語も懐かしい作品です。
by Silvermac (2005-11-22 22:27) 

albireo

お化け煙突は、子供の頃見た記憶があります。
東京オリンピックで、変わってしまう前の東京は、僕にとって「故郷」のイメージがあって、とても懐かしい世界です。
by albireo (2005-11-22 22:36) 

櫻

おばけ煙突と言う名の由来はしりませんでした。
最近はこういう煙突を見ることもなくなりました。
日本の産業構造の変化は町の風景に写り込んでいたんですね・・・。
by (2005-11-22 23:51) 

atom

おばけ煙突はあちこちにありますね。
我が家の方では、品川埠頭の火力発電所の煙突がそうでした。
by atom (2005-11-23 03:29) 

mippimama

懐かしい風景〜
昔は東京も自前で電気を作っていたわけですか。
やはり東京オリンピックを境にがらっと変わってしまったのですね。
ご幼少の頃からイケメンの片鱗が☆彡 
by mippimama (2005-11-23 08:55) 

mayumi

東京物語、見てみたくなりました。
すごく高い煙突ですね。
by mayumi (2005-11-23 13:20) 

IXY-nob

「東京物語」は見たことがあります。家の近くのランドマークが見えると遠くから帰ったときは、本当にホッとしますね。
by IXY-nob (2005-11-23 16:22) 

shareki

見てみたい映画ですねぇ、レンタル探してみます。
by shareki (2005-11-23 17:05) 

ふじかわ

みてみたいなぁ。
by ふじかわ (2005-11-23 17:25) 

小さい頃の家には風呂の煙突がありました。石炭風呂だったので。
今思うと町中煙突だらけだったなぁ。
by (2005-11-23 17:31) 

ナツパパ

わたしは、子どものころ、京成電車から眺めたお化け煙突が記憶に残っています。
by ナツパパ (2005-11-23 17:49) 

としぽ

昔のスナップて今見ると意外な発見が有りますよね。
by としぽ (2005-11-23 21:26) 

Abraxas

小生も子供の頃、遠足の帰りか何かで、バスのガイドさんが、お化け煙突の説明をしていたのを憶えています。ちょっと不気味な印象でした。さて、「東京物語」の方は、英国のTVでだいぶ前に見ました。確か、台詞もないような役で有馬稲子がちらっとだけ出て、その美しさに、どきっとしました。ひょっとすると小津さんの別の映画だったかもしれませんが・・・。
by Abraxas (2005-11-23 21:46) 

hako

小学生の頃は群馬の高崎に居ましたが、この煙突有名でした。学研の本か何かで読んでいたのでしょうね。BSデジタルで時々、小津さんの映画をやるので見てますが、闊達の良い話し方というのでしょうか、見習いたいものです。
by hako (2005-11-23 23:27) 

gillman

有馬稲子はこの後に作られた「東京暮色」(1957)に出ていましたね。ドキッとするほどきれいですよね
by gillman (2005-11-24 09:07) 

kane

お化け煙突、写真でははじめて見ました。
僕にとっては富士山が必ず北に見えるところに住んでいるので、
富士山が見えない所に行くと方角が分からなくなって困ります。
by kane (2005-11-24 22:48) 

ecco

オリンピックの年にどうだった。
ていういいかた。
親の世代はよくしますよね。
by ecco (2005-11-24 23:12) 

生きた昭和史ですね。子どもの時に見た風景は記憶にしっかり刻まれますね。
by (2005-11-25 08:59) 

山猫庵

お化け煙突って、よく昔の写真などで見たことがありますが、
こういうカタチでプライベートな写真を見るのは初めてです(^^)
by 山猫庵 (2005-11-25 14:42) 

みぽこ

お化け煙突はなんとも懐かしいですね。幼い頃、叔父に連れられて群馬から東武伊勢崎線にのって東京にくるとき、車窓から身を乗り出して見たものです。物理的には邪魔でしかない煙突が、「お化け煙突」と命名されることで、単なる邪魔者ではなくなる。ラベリングの効用ですね。
by みぽこ (2005-11-26 11:34) 

lip

はじめまして。こちらは写真も文章も大変丁寧で、良いですね。時々お邪魔させていただきます。
by lip (2005-11-26 15:54) 

ziziblog

小さなときから、こういう道しるべといいますか、象徴的なものをもって育った人は、その後の生き方に大きな影響力を与えるように思います。柱ができるといいますか?
by ziziblog (2005-11-27 15:16) 

「東京物語」見てみたくなりました。
by (2005-11-28 19:56) 

nobby

先輩。すごく良かったです。
僕は、クレージーキャッツが大好きです。
世の中まだまだたくさん勉強する事がたくさんあるな〜。
・・・と思いました。
時間が100万年あっても足りません。(笑)
by nobby (2005-12-02 11:38) 

kan

なるほど
おばけ煙突
時代を感じますね
感慨にふけります
by kan (2005-12-15 19:52) 

Dublin Hotel

I like your site.
by Dublin Hotel (2006-03-21 20:06) 

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