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ジブラルタルの霧Ⅰ [gillman*s Lands]

ジブラルタルの霧Ⅰ

 今から三十五年位前、長い旅をした。横浜から船で当時のソ連のナホトカにわたった。船底のオイル臭い船室で吐きながら荒波の津軽海峡を越えた。ナホトカからシベリア鉄道で内陸のハバロフスクまで行き、そこからイリューシンというプロペラ機でモスクワへ。モスクワから鉄道でポーランドを抜けオランダ経由でスペインの突端のアルヘシーラスという街までゆく。そこから船でジブラルタル海峡をわたってアフリカに入りキャラバン・バスでモロッコの首都ラバトを経てカサブランカまでの旅だ。夏の北アフリカはやっぱり暑かったが、冬のモロッコも見たくて結局翌年の冬に再びかの地を訪れた。1970年夏、最初に訪れた時のぼくのジブラルタルの日記にはこんな風に書かれていた。


1970.6.10 グラナダ

 いよいよジブラルタル海峡をわたってモロッコへいくためにアルヘシーラスに出発する。やっとここまで来た。グラナダ発8時30分の列車だ。アルヘシーラスに着いてからアフリカのタンジールセウタに行くのに二つの問題がある。

 一つはアルヘシーラスからアフリカに行く船がトマスクックの時刻表によると6月23日からでないとでていないらしいということ、もう一つはモロッコに入国するにはビザが必要らしいのだがぼくは持っていない。まあ、そんなことでモロッコに入るのは無理かもしれないが、とにかく行ってみないと何が待っているか分からないので行くことにする。駄目でもともとだ。

 列車はタルゴ車両。かなりきれいだ。途中、窓の外は赤い土の大地とオリーブ畑ばかりだったが時折ケーキで出来たような真っ白い街を通り過ぎる。ボバディラまで一面のオリーブ畑。2時40分頃港町のアルヘシーラスに着く。近くの食堂で遅い昼食。バエリャ、マカロニ、ファンタで50ペセタ。

 アルヘシーラスの港からあのジブラルタル島が間近に見える。あの独特の形、ふたこぶラクダが海の中に横たわったように海峡に浮かんでいる。少年の頃からこのジブラルタル島の島影を何度夢に見ただろうか。今、ぼくは現実にそこに立っている。



ジブラルタル海峡をのぞむAlgecilasの港

19時発、対岸のアフリカのCeuta(セウタ)に行く船があった。船の名前はAfrican Virgine「アフリカの処女号」。まずアフリカ突端のスペイン領セウタまでは行けることになった。船賃はアルヘシーラス~セウタ 70ペセタ。船上はアラビア系と思われる乗客ばかりだ。



 寒い甲板に出ると、体中が引き締まる思いがした。風は余りなかった。手すりにつかまってぼんやりとしていると、今日グラナダを出てからの光景が次々と頭の中をかすめていった。サンフランシスコ、ボバディラ、ロンダ、インディアナを越えて、赤茶けた大地、金色の麦畑、どこまでも続くオリーブ畑、そんな中を列車は気の狂いそうな短調さで走り抜けていった。ひたすらこの大陸の果てのジブラルタル目指して。ぼくが日本にいる頃から何度も夢に出てきたジブラルタル目指して。

 ぼくの見る夢ではいつも白い霧の中にラクダの背のようなジブラルタル島がうずくまっていた。カモメの声が聞こえて、そこでぼくはいつも目が覚めるのだった。中学の頃、英語のリーダーの本に出てきたジブラルタルは波荒いモロッコ海峡に浮かぶ、海賊のひそむ冒険の島だった。ジブラルタルこそ段々と大人になってゆくぼくの心に残った最後の子供の世界だった。人は一つ一つ夢を現実と交換しながら大人になってゆく。金をだせばどこへでも行ける世の中かもしれない。しかし、ぼくにとってはジブラルタルはやはり遠かった。そのジブラルタルの島が今僕の前にあのこっけいな姿を横たえている。

 船は少し揺れている。海賊はいなかった。しかし、これはまぎれもなくぼくのジブラルタルだ。甲板の手すりを握り締めた。生まれて初めて悲しくもないのに涙が出てきた。ゆがんだ島の形が段々と遠ざかって行く。ぼくは今一人でアフリカにわたろうとしている。もやに包まれた真っ白い夕陽が沈んで行こうとしている。遠くにいる船は水面付近が特にもやが濃いため、まるで空中に浮いているようだ。船が揺れてどうかしたひょうしに水面付近に美しい虹のようなものが見える。だがそれはすぐに消えてしまう。

 アラビア人が沢山乗っている。となりに立っているアラビア人はじっと目を閉じている。カモメの声が聞こえる。彼らは船と全く同じ速度で飛んでいるのでまるで宙に静止しているようだ。いつまでもぼくの視界から去らない。ぼくも目をつむった。急にぼくの感覚の中にアラビア語と船の揺れがごっちゃになって飛び込んでくる。

 どのくらい時間が経っただろうか。しばらくして目を開けると、カモメはもういなかった。そのかわり、かすかにアフリカの岸がぼくの目に映った。
アフリカの岸が見えた!

                                             つづく

                                                

*ジブラルタル海峡を挟んでスペインとアフリカの領土は歴史を反映して複雑です。スペインの対岸のアフリカ側には極めて狭いのですがCeutaというスペイン領の街があります。そして海峡に浮かぶこのジブラルタル島はイギリス領です。当時はイギリス軍の基地がありましたが、今は観光地にもなっているようです。島といっても実際は半島に突き出た出島のようなものです。ですからスペインとの間には国境があります。2002年に住民投票でスペインへの帰属を問いましたが、イギリス領に留まることを選択したようです。たしか007かなんかの映画の舞台にもなったことがあると思いましたが。

*ジブラルタル海峡をのぞむ港町アルヘシーラスは、フラメンコギターの名手パコ・デ・ルシアの生まれ育った町です。桟橋が一つあるだけのちょっと寂しい街でした。


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コメント 7

Rucci

はじめまして。
フラメンコギターが聴こえてきそうです。
by Rucci (2006-01-04 22:30) 

山猫庵

なんだか乾いた風が吹いてきたようなキブン…
こんな旅されているなんて、ステキです。
by 山猫庵 (2006-01-04 22:53) 

mimimomo

おはようございます。
 こういうお話読むと『男の人っていいな~』と思ってしまいます。こういう旅は
今でもわたくしの憧れ。1970年頃といえば、わたくしも単身イギリスへ遊学しました。でも女性はせいぜいイギリスですよね・・(--)
アメリカの『怒りのブドウ』の世界の感じがたまらなく良い。
by mimimomo (2006-01-05 05:53) 

Silvermac

ViolaMacです。
素敵なお話ですね。
少年の夢を叶えた旅だったんですね。生涯忘れえぬ思い出ですね。
by Silvermac (2006-01-05 14:09) 

ziziblog

地図を脇において、ナホトカからカサブランカまで、gillman さんの綴られた文にそって地図をたどっていきました。夢のような旅ですね。
ジブラルタル海峡、そして船旅。まるで映像を見ているような錯覚に陥りました。
by ziziblog (2006-01-06 13:30) 

ナツパパ

わたしもタルゴ、乗ったことがあります。懐かしいなあ。
赤くて小さくて変な形なんだけど、乗ったら快適でした。
もう一度乗りたいなあ。
by ナツパパ (2006-01-06 21:43) 

shareki

思いが伝わってきます、良い旅でしたね。
丁度、スペイン~モロッコに渡る本を先日読んだばかりなので、
一層思いが募りました^^
by shareki (2006-01-07 11:31) 

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