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ずっと祈っていますね シャヴァンヌ [新隠居主義]

ずっと祈っていますね シャヴァンヌ

 僕の好きな場所の一つに上野の国立西洋美術館がある。以前、韓国の留学生と一緒に行ったとき誰でも無料で入れる庭先にロダンの彫刻「考える人」や「地獄門」などそうそうたる作品が置かれているのに彼は驚いていた。この松方コレクションを中心とした美術館は理屈抜きで網羅的に「泰西名画」を楽しめると言う意味ではアジアで唯一の美術館かもしれない。僕はもちろんそれらの絵も大好きだが、同じくらいコルビジェによって作られたこの美術館の空間自体が大好きなのだ。

   
   一階のレストランから中庭をのぞむ

 僕とこの美術館との付き合いは四十年近くにもなり古いのだが、この空間の味わいはその当時と少しも変わらない。渋い緑色のタイルに彩られたその建物は少しも古さを感じさせないし、その中の空気も変わってはいない。今はレストランになっているが、昔のティールームだった席に座って中庭を眺めればいつでも落ち着いた時間が戻ってくるような気がする。
 この美術館には印象派の時代を中心にモネマネ、ルノアールなど数々の素晴らしい絵があるが、その中でも僕が特に好きなのはピュビ・ド・シャヴァンヌの「貧しき漁夫」と言う絵だ。

 時代的には印象派の時代だが絵は一見フレスコ画のような雰囲気をもっている。この絵を描いたシャヴァンヌはロダンカリエールとも親交が深かったらしくいわゆる印象派とは画風が異なっている。彼の作品「貧しき漁夫」はフレスコ画のような色調の画面の中央に配置された小船の中で、漁夫が立って何かを祈っているような光景が描かれている。彼の足元には幼子が寝ている。特定の主題に添って書かれた宗教画ではないが、宗教的な雰囲気を漂わせていると思う。この画面とそっくりな彼の作品をパリのオルセー美術館でも見たことがある。そちらの絵には母親らしき人物も描かれていた。

 
  西洋美術館の作品                  オルセーの作品

 僕がこの絵に初めて会ったのは1969年の初夏だったと思う。僕は大学生で、大学は学生運動の嵐の真っ只中だった。授業がたびたび中止になりポッカリ空いた時間に僕はいつからともなくこの美術館に来るようになった。

 一夏の間、僕はこの隠れ家のような美術館で日長一日、本を読み絵を見て暮らした。美術館の作品の中にいつも僕の目を引き付けて離さない一枚の絵があった。その絵の中には一人の貧しい漁夫が描かれていた。何回かそこを訪れるようになって、そのうち僕は心の中で彼に語りかけるようになっていた。

 「あなたは、いつも祈っていますね」 僕にはその漁夫はいつも祈っていたように見えた。彼は小船の中に立ち網を水中に置きじっとうつむいていた。その姿が僕には祈っているように見えたのだ。彼は大漁ではなく自分と愛する家族のための今日の糧だけを祈っているのだと感じることが出来た。日本中が不安にかられていたあの時代に、この一画だけには今日の糧を静かに祈り続けている時間が流れていた。ここへくれば、いつも優しい時間が流れていると言う安心感が僕に勇気を与えてくれたような気がした。

 その後、僕は大学を卒業して社会の荒波の中に出ていった。それから30年間、その間に何度もこの美術館をおとずれたが、つらい時二回、嬉しいとき一回、彼に会うためだけにここに来たことがある。会社が美術館に近い本郷にあったので、昼休みにタクシーをとばして来たこともあった。会社を辞めてから、昨年久しぶりに彼に会いに行った。彼は今も祈っていた。「あなたは、ずっと祈り続けていたんですね」

           

 *国立西洋美術館は最近、絵画と人々を近づけるためのイベントを意欲的に行っています。昨年から行われている「いろいろめがね」という試みもそのひとつです。毎月、展示絵画の中の数点を選んで、観覧者に自分の感性でタイトルをつけてもらったり、自分の好きな作品にまつわる短いエッセイを募集したりしていました。僕もこのシャヴァンヌの絵が好きなので、400字のエッセイを書きました。

 先日、僕の書いたエッセイが西洋美術館の青柳館長に館長賞として選ばれたとの連絡をもらいました。そのエッセイの載ったプレートが今、西洋美術館のシャヴァンヌの「貧しき漁夫」の絵の脇に添えられています。八月まで展示されているらしいので西洋美術館に行かれた際は、よろしかったらお立ち寄りください。


 一階の展示室にあります


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コメント 23

Rucci

国立西洋美術館。どちらにあるんですか?
ぜひ、行ってみたいです。
by Rucci (2006-03-09 06:05) 

くみみん

おはようございます。オルセーの絵は先日娘も観たのかしら?
買ってきた「オルセー美術館ガイド」には載っていました.
「ロダンとカリエール」の展覧会はもう始まっていますね.
6月までに時間ができたら見に行くつもりです.漁夫の祈りを
感じてこられるかしら?楽しみが一つ増えましたね.
by くみみん (2006-03-09 08:41) 

coco030705

館長賞おめでとうございます!(パチパチ・・・)
さすがgillman さんですね☆
それにしても、東京はやはり文化的に関西より情報が早いし多いので
うらやましいです。やはり日本の中心ですね。
私も最近は歌舞伎座へ行くことが多くなったので、8月までに東京へ行ったら
ぜひ、この「貧しき漁夫」とgillman さんのエッセイにお会いしたいと思います。
by coco030705 (2006-03-09 08:56) 

ミヤ

gillmanさん、人はそれぞれに、自分の癒される場所を持っているのですね。
精神的に苦しい時など、故郷の山に元気をもらいます。
西洋美術館で「貧しき漁夫」とエッセイを、いつか見たいです。
by ミヤ (2006-03-09 09:20) 

山猫庵

上野に立ち寄るたび、
お隣の国立科学博物館には何度も行ってますが
こちらには何故か一度も…

今度東京に行く時、上野まで行けるかなぁ。
by 山猫庵 (2006-03-09 12:24) 

sera

へ~~すごい!そんなに、この絵が好きですね!
館長賞おめでとうございます!!<m(__)m>
私の家はすぐ近くですので、ちょくちょく行っています。
ロダンが大好きです。地獄の門にはいつも感動。
ロダンとカリエール展、その内、見に行きます。
絵は、不思議ですね~私の好きな作家はルドンです。
白いペガサスが一番好き(^_^)v
by sera (2006-03-09 16:24) 

(o_o)

こういう風貌はキリストを彷彿とさせますね。
それが祈りを感じさせるのかなぁ。
貧しい生活、養わなければいけない家族。
でもあくせく働いている感じがしないなぁ。
水面に浮かぶ小舟を揺らす波も風も感じさせない、すごーく静かな絵ですね。
この漁夫を「あなた」と呼ぶgillmanさんも素敵です☆
by (o_o) (2006-03-09 16:53) 

僕も美術館は好きです。
ただ、なかなか、時間が・・・・・・
by (2006-03-09 17:10) 

mimimomo

こんにちは。
 その日の糧のためだけに祈る。そういう姿勢が好きです。そういう生き方がしたいですね。
by mimimomo (2006-03-09 17:19) 

Silvermac

一枚の絵画がgillmanさんの人生に与えた影響は計り知れないものがありますね。
by Silvermac (2006-03-09 19:13) 

shareki

何かを感じられたんですね、心の糧になるものはいろいろあるようです。
by shareki (2006-03-09 20:52) 

snowman

私もここは良く行きます。
上野で他に見たい展示がないときも、常設のモネを見るのがとても好きです。
by snowman (2006-03-09 20:57) 

みつなり

つらい時に行ってみると、なにかヒントがもらえそうな。
by みつなり (2006-03-09 23:37) 

TaekoLovesParis

gilmanさん、私のブログにご訪問ありがとうございました。
とてもすばらしいエッセイで、niceを2つ、3つとつけたいほどでした。
シャバンヌをこんなにお好きなかたの存在を伺えてうれしいです。
この絵は静かなだけに多くを語るような気がしています。
gilmanさんは、1969年からこの絵と共に年輪を重ねていらしたのですね。
感慨深いものがあります。

「ロダンとカリエール展」に行ったとき見たパンフで 
「いろいろめがねPart2みんなの見かた紹介します」 このタイトルだけでは
意味がわからなくて、気になっていました。公募のことだったのですね。
☆館長賞、おめでとうございます! 
さっそく、見に行きたいと思います。
by TaekoLovesParis (2006-03-10 01:15) 

館長賞おめでとうございます!
エッセイも拝見したいのですが、海外にいては無理な事でしょうね。残念です。
私も美術館は好きで、旅先でもあれば必ず時間を取るほどです。
若い頃に好きだった画が、しばらくぶりに見ると全く違う感じで見えたりします。受け手側の私の人生の積み重ねで、画の好みとか受け止め方が変わっているんですね。
何十年も変わらぬ思いが一枚の画に対してある、そんな心のつながりのある画に巡り会われたgillmanさんが羨ましいです。
by (2006-03-10 03:17) 

hako

この一角は、日本の貴重な資産ですよね。随分前のピカソ展の時、行きましたが、前川さんの事務所による増築も、非常に良い感じでした。中庭の木が、いきいきとしていたのを覚えています。光のコントロールも見事ですね。
エッセイの展示、チャンスがあれば見に行きたいです。おめでとうございます。
by hako (2006-03-10 06:37) 

はなこさん

この美術館がまだ目新しいころに学生時代をすごしました。
当時は上野公園もまだ昔の風情が残っていて美術展を観た後に茶屋でお団子を食べたものです。ここには懐かしい想い出がいっぱいです!久しぶりに
若い頃がよみがえってきました~。今度上京したらシャバンヌ、の「貧しき漁夫」にゆっくり会ってきたいです。
深い心のつながりのある画にめぐり会われたgillmanさんが羨ましいと言う
みさきさんと同じ思いです。
by はなこさん (2006-03-10 10:25) 

mippimama

館長賞おめでとうございます。
流石gillman さん.文章も洞察力も予々優れていると思うばかりでした〜
漁夫の絵を見て、「あなたは、いつも祈っていますね」....
優しい心に感動しました ☆彡
by mippimama (2006-03-10 15:14) 

INOUE

館長賞の受賞、素晴らしいですね。是非エッセイを拝読させていただき
たいです。東京に長い間居りましたが、国立西洋美術館には、あまり行か
なかったようです。かなり前ですが、「ミロのビーナス」が展示された時には、
上野に行きましたが、展示されたのが西洋美術館であったかどうかは
記憶が定かではありませんが。
by INOUE (2006-03-10 21:42) 

tanaka-ma3

そういう思い入れのある絵があるっていいですね。
大学時代、ひろしま美術館によく行っていました。ルドンの絵が好きで。
by tanaka-ma3 (2006-03-10 22:07) 

ecco

私も絵は大好きです。
私はミケランジェロが好きなんですけどね。
上野は最近行ってないです。
休みが土日なので混んでるかな~って思うと
ついつい足が遠のいてしまいます。。
by ecco (2006-03-11 10:32) 

女王猫

8月までですね!今度東京に出張したら必ず行きます!
今すぐ読んでみたい気持ちもするけど、これで主張の楽しみが増えました^^
おめでとう~ございます!きっと、「私の祈りをずっと見守ってくれありがとう~
心でみてくれていたのは貴方だけでしたよ」って言うてはるんですよ♪
by 女王猫 (2006-03-11 15:55) 

学生運動の最中、授業がないことをいいことに麻雀をしていた父とは大違いなgillmanさん、おめでとうございます!
ぜひ伺わせていただきます♪
by (2006-03-12 17:06) 

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