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エレベーター [新隠居主義]

エレベーター

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 病室にて

 病院の夜は長い。手術後の痛みは峠を越したけれど、同室の老人のうめき声が寝入ろうとするぼくの意識をその度に現実に引き戻す。おぼつかない足取りで何度目かのトイレに立つ。廊下に出るともう夜中なのだろう、あたりはしんと静まり返っていた。用を足して自分のベッドに戻ろうとしたとき廊下の向こうでブザーのような音がした。パタパタという音がして、向こうから看護婦が早足で近づいてきてぼくの前を通り過ぎて行った。何処かの病室に呼ばれたのだろう。

 廊下の向こうに今看護婦がやってきたナースステーションの灯りが見える。寝静まった病院の中でそこだけが明るい。ぼくはナースステーションの方へ歩いて行った。ナースステーションの前はエレベーターホールになっていて四基のエレベーターがある。もちろん今は夜中なので階数を示すランプは動かないはずだが、右はじのエレベーターの数字が点滅してチンという音が鳴り、看護婦が一人降りてきた。エレベータの扉が閉まって、彼女がぼくのいる南側と反対側の病棟のある廊下に消えると、病棟にまた夜の闇と沈黙が訪れた。もう八年も前になるが、この同じ病院のひとつ上のフロアーのエレベーターで、ぼくは親友の最後の姿を見送った。それもちょうど今頃の時期だった。

 その年の冬、ぼくは過労から頚椎症を悪化させてこの病院に入院していた。入院すると親友のTからすぐ見舞いに行くよというメールがきた。入院しても僕のやることは毎日点滴を受けて寝ていることだけだった。忙しいから見舞いはいいよと断ったが、もしかしたら来るかもしれないと心のどこかで思っていた。あと数日で退院というとき彼はやってきた。前もって知らされていなかったが、ぼくはたまたま病室からでてこのエレベーターホールの脇のソファに見舞いに来ていたカミさんと座っていたとき、エレベーターの扉が開いて彼が現れた。

 「おい、起きていてだいじょうぶなのか?」 訝しげに言った。 彼はすぐ来られなかったことを詫びて、今日もすぐ行かなければならないと言った。ぼくらは病室に行かずにそのソファに座って話しをした。彼はいつものように重そうな鞄を持って、そしていつものように仕立てのいいジャケットを着ている。外界と遮断された病院というこの世界に、彼が急に外の現実を持ち込んできたような気がした。ぼくの病状の話をしているうちに彼の携帯が鳴った。「悪い、ちょっと出てくる」、携帯を握りしめてエレベーターに乗った。外は雪だった。しばらくしてから息を切らして戻ってきた。「行かなくっちゃ、退院したら今度ゆっくり会おうよ、でもお前も忙しいからなぁ、気をつけろよ」

 エレベーターを待つあいだにぼくが聞いた 「どうなんだ、最近?」 「まぁな…」と言ってから答えを探していたが、エレベーターのチンという音がして扉が開くとさっと乗り込んだ。「じゃ、今日はありがとう…」「うん、またな」 エレベーターの扉がゆっくりと閉まるとき、友がどこを見ていたか、どんな表情をしていたか今でも思い出せない。だが、友の姿を見たのはその時が最後になった。それから一月半ほどして彼は自らの命を絶ってしまった。

 だが、それはすぐにはぼくに知らされなかった。葬式もなにもかもすべてが終わってから奥さんから夜、電話があった。電話の向こう側で口ごもっていて話の要領を得ない。断片的な単語が頭の中で交錯する。 「…で、今どうしているの?」「もういないの…」  「いないって?…」「そう、いないの…」  「まさか、死んだの?」「そう」  「なんで?」「…」  「…」「…」  「…自分でか」「…そうです」

 結局、奥さんはぼくの病状を心配して全てが終わるまで知らせてこなかった。きっとあいつがぼくのことを心配していたのを知っていたのだろう。週末を待って彼の自宅へ赴いた。駅前で白百合の花束を買ってバスに乗った。本当にすべてが終わっていた。友は玄関の脇の六畳の部屋の小さな祭壇に置かれていた。位牌があって線香をあげたがなにも実感が湧いてこない。そのあと友の書斎に案内された。さっきまでそこに居たようにそのままになっていた。居間に戻って少し話をする。居間にも小さな祭壇のようなものが設けられていて、そこには友の写真が飾られていた。その写真は昔ぼくが撮ったものだと思う。

 「その写真が一番気に入っていたみたい」 その写真の前に座ってじっと見つめたとき、ぼくの中で確実に何かが崩れていった。大人になって初めて人前で声を出して泣いた。それはきっと友への悲しみだけではなくて、そのときぼくが背負っていた全てにぶつけられていたのかも知れない。ひざの上で握りしめた拳にボトボトと涙が落ちてきた。その姿に今度は奥さんの方が居た堪れなくなって部屋を出て行ってしまった。ぼくは一人取り残された。

 暗いエレベーターホールの脇のソファにじっと座っていると、さっきの看護婦がナースステーションに戻ってきた。「あら、どうしたの、大丈夫?」「うん、大丈夫、睡眠導入剤をくれないかな、なんか眠れなくて…」「はい、今持っていきますね」 ぼくはまた病室へ戻って行った。病院の夜は長い。

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 *今年も奥さんから年賀状が来ていました。結婚した子供たちもやってきて、家族そろって穏やかな正月が迎えられそうですと書いてありました。夫がいたらどんなによかったかとも…  「…あ、それから、君に孫ができたそうだよ」

**退院して家に帰ってから確かめてみたら、親友のTが最後に見舞いに来てくれた日が今日1月31日でした。大変な雪だったとカミさんが思い出して教えてくれました。



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SilverMac

辛い話ですね。私の親友も鬱で自死、昨年が七回忌でした。私も頸椎症で、左腕に痛みと痺れがありますが、握力が落ちていないので、週に2,3回牽引して夜1回痛み止めを飲んでいます。
by SilverMac (2009-01-31 22:10) 

Abraxas XIV.

胸を打たれました。
by Abraxas XIV. (2009-02-01 10:11) 

イチロー

生きていれば、彼は今そう思ってるに違いない・・

by イチロー (2009-02-01 13:49) 

mimimomo

こんばんはーー
  わたくしの周りには死にたくなくても病死をしてしまう人が沢山。
自らそれを選んだ人も・・・儚いですね・・・
by mimimomo (2009-02-01 22:07) 

manamana

何とも言いようがありません。
いま、子供達が大きくなって幸せなのが救いですね。
by manamana (2009-02-02 07:04) 

テリー

自分の親しい人が自殺するとすごくショックですよね。昔、経験しました。
年をとってくると、やる気力が薄くなってくるのですが、やはり、生きていく
意味を探しています。
by テリー (2009-02-02 12:42) 

engrid

生きていてくだされば。。。。
by engrid (2009-02-05 17:28) 

親知らず

イマドキの病院はパソコン持ち込み可でネットが繋げる所が多いようですね。
一昨年友人が癌センターに入院・手術しましたが
彼の命の火を消さないように、生きる気力を失わないように
必死で毎日朝、昼、晩とメールしました。
毎日書く事なんて、そうそうありません。
昔話や、今考えている事など、入院中の暇潰しになる事を
あれこれ頑張って書いた事が、今は懐かしく思い出されます。
今、元気に社会復帰しているからですね。
エレベーターも病院と外の世界とが繋がる入り口。
ネットもそんな感じがします。
by 親知らず (2009-02-06 21:53) 

anan

まずは退院おめでとうございます。嗅覚が戻るといいですね。

とても胸を打たれる文章で、何度も来ては読み直しました。

自分で人生を終わりにしてしまった二人の友人。何故か二人とも、仲間内で会ったのは私が最後でした。

たった1週間の入院で、あっけなく逝ってしまった友。旅行中で、入院したことも亡くなったことも、成田から彼の会社に電話して知りました。彼のメッセージを託されて旅立ったのに。

そして還暦で急逝した友達。忘年会がお別れで、新年会の約束は反故になりました。

見送った多くの友人のことを思い出させてくれました。ありがとうございます。

Gillmanさんが親友のことを忘れないように、私も彼らのことを忘れません。
by anan (2009-02-07 09:58) 

としぽ

先ずは退院おめでとうございます。
身内とは違った意味で寂しくなりますね。
去年、先輩の奥さんから喪中の葉書をもらって
「悲しくて何もする気にもならず誰にも知らせなかった」と書いて
あったので慌てて、奥さんの様子を見に行った事が有りました。
by としぽ (2009-02-13 19:23) 

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