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昔日の光 [下町の時間]

昔日の光

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 この間リハビリ病院に入院しているばあさんの所に行った時、少し時間があったので病院の周りをうろついた。病院に着いたらばあさんのリハビリ訓練の時間が始まったばかりでそれが終わるまで少し待つ必要があったのだ。その間に下町の路地散歩を決め込んだ。

 ばあさんが入院している病院は北千住駅の裏手の立て込んだ一画にある。病院の前の通りを渡ると千草通りという路地がある。狭くて車はもちろん入れないし、人がすれ違うにもなんとなく挨拶をしてすれ違わないといけないような狭さだ。商店街と言うには店は少なすぎるが、民家の間あいだに惣菜屋、八百屋や瀬戸物屋、肉屋などがあってひととおりの買い物はできそうだ。ぼくはこの千草通りが好きで、一人でばあさんの所に見舞いに来たおりには時たま散歩して歩く。

 ぼくが育った千住のやっちゃ場の裏やお化け煙突の近くにもこんな狭い路地が続いていた。もちろん当時はこんなに舗装はしていなかったし、場所によっては通りの真ん中に所々飛び石のようなものがあって、雨が降ってぬかるんだ時にはその飛び石が頼りだった。子供のころはその飛び石を石蹴りの陣地のようにして石の上を跳ねてどこまで行けるかなんて遊びをやっていた。

 千草通りを歩いていると、両側にはさらに細い路地が伸びている。それらの細い路地は両側の民家の玄関先になっていて自転車やら植木鉢やらが雑然と置かれている。こういう路地にはたいてい野良猫がいたりするんだが、今日は猫の姿はない。下町の路地は車は入れないし、表の音も家の中に筒抜けだから今考えてみれば決して住みよい環境ではないはずだ。しかしそれだからこそ不審者が路地に入ってくればずぐわかるし、子どもだって安心して遊んでいられたように思う。ちょっと出かけるときだって鍵なぞはかける必要もなかった。

 ここの路地での生活が今でもそのようなものなのかどうかはわからない。ぼくは当時はそんな環境がさして好いとも思わなかったし、もっと小奇麗なそしてもっと便利な暮らしがしたいと思っていたに違いない。下町の路地はぼくにとって故郷の山河のようなもので、故郷に飽き足らず飛び出した人間が、時を経てまた故郷の山河に思いを馳せるように、また還ってきて大きな安らぎを感じているのかもしれない。当時は余りに身近過ぎてその価値が分からなかったのだろうか。しかし今、時を経て変わってしまったはずの自分の目は、この路地を棲む者ではなく、観る者の視線で見てしまっている。昔日の光は戻ってはこない。

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コメント 5

SilverMac

生活感のある風景ですね。
by SilverMac (2010-03-15 23:14) 

親知らず

この通りかどうか分かりませんが、先日北千住に行った時に
昔ながらの建物が沢山残っている事に驚きました。
また行って写真撮りたくなりました。
by 親知らず (2010-03-16 08:08) 

ナツパパ

えっ、この写真、昔じゃなく、今を写したものなんですか。
これは魅力的な商店街だなあ。
わたしが子どもの頃、近所にあった商店気も、これくらいの道幅でした。
人が歩くにはちょうど良い幅なのかもしれませんね。
by ナツパパ (2010-03-16 08:34) 

たま

主人が単身赴任で南千住に暮らしていたときがあり、わたしもときどきは訪ねていました。北千住にも買い物に行った覚えが・・・ちょっとなつかしく見せていただきました。
by たま (2010-03-16 13:37) 

hako

良い画ですね。
by hako (2010-03-16 23:06) 

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