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海岸線の向こう 〜ポルトガル・ギンショ海岸から〜 [gillman*s Lands]

海岸線の向こう 〜ポルトガル・ギンショ海岸から〜

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 ■ …それについては、檀一雄がサンタクルスから十六歳の娘のふみに宛てた手紙の中に記されている。
  
 ふみ様

 そらがカラッポになってしまって、空気さえ無いみたいな太陽ばかりが光り輝いています。砂浜が十キロばかり続いているから、そこを走り、泳ぐだけです。素敵な奥座敷が見つかり、その奥座敷で、(ドイツで買った三百円の)魔法瓶のお茶を飲むのが、うれしく、そこから三方に広がる大西洋を見下ろすのは、愉快を通り越しています。そこで、奥座敷の近所に海小屋を作れば、ペニシの風車小屋と、合わせて二軒。亡命するのに充分だろう、と、一人で悦に入っています。今はメロンと洋梨と葡萄と無花果の出盛りで、大メロン一個六十円(日本円換算)大瓜一個八十円の見当です。肉がバカみたいに安く、ふみも、父の小間使いになって、ここへ亡命してみたらどうですか。毎日西瓜(またはメロン)一個、大ビフテキ一枚支給します。  父

 そして、その手紙には、最後に「牛の津奥座敷景観」と記されたスケッチが描かれている。崖の上には「奥座敷二十畳岩」という岩が描かれ、その端の小高い部分が「父玉座」と記されている。…

  (「一号線を北上せよ」鬼火より/ 沢木耕太郎  講談社)


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 リスボンから車で西に40分くらい行った所にカスカイス(Cascais)という町がある。そこから少し山の中に入った王室の離宮のあるシントラ(Sintra)あたりまではシントラ・カスカイス自然公園と言って自然豊かな地域になっている。その地区の海っぷちにポツンと一軒のホテルが建っている。

 そこは17世紀にポルトガルがスペインのハプスブルク家によって支配された時代(60年間)に海の要塞として造られた建物で、今はラグジュアリーホテルとミシュランの星付きレストラン「フォルタレーザ・ド・ギンショ(Fortaleza Do Guincho)」になっている。ギンショというのはそこの海岸の名前で、サーフィンもできる海岸線がずっと続いている。建物はその海岸の崖の上に建っておりレストランの窓からは北大西洋の海を見渡すことができる。


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 窓越しに視界いっぱいに広がる海の水平線を目で追ってゆくと遥か右の方に岬が見えるのだけれど、そこがユーラシア大陸最西端と言われるロカ岬だ。そのロカ岬の向こうに日本の小説家、檀一雄が一年余り滞在して「火宅の人」を書き上げた小さな村サンタクルス村がある。

 サンタクルス村で彼は一軒の家を借り家政婦を雇って、彼の言葉を借りれば「天と地と私が鼎談(ていだん)できる所」で暮らしながら作品を書いた。時には村人を家に呼んで土地の材料を使って彼得意の料理を振る舞ったらしい。もちろん逆に彼が土地の料理を教わったということもあるだろう。

 のちに新聞の連載をまとめて出した彼の単行本「檀流クッキング」という本の中に、干ダラのコロッケ(バステーシュ・ド・バッカロウ)が出ているが、これは彼がこの時サンタクルス村で憶えたものらしい。

 ■ ポルトガルにやって来て、あちこちおよばれに出かけてゆく。例えば誕生祝だとか、何だとか…。するとまったく例外なしに「コジドー」と「バステーシュ・ド・バッカロウ」というご馳走が出される。「コジドー」というのは「煮る」ということで、煮物は何でも「コジドー」のはずだが、しかし客を呼んで「コジドー」といったら、大体様式がきまっている。…

…「バステーシュ・ド・バッカロウ」は、干ダラとジャガイモとタマネギを卵でつなぎ、パセリを散らしながら揚げ物にした至極簡単な料理であって、これなら、はなはだ日本人向きだ。殊更「馬鹿野郎のバステーシュ」と聞こえるから、みなさんも、せいぜい馬鹿野郎(干ダラ)を活用して、愉快なポルトガル料理を作ってみるがよい。子供のオヤッによろしく、また酒のサカナに面白い。…

   (「檀流クッキング」冬から春へより/ 檀一雄 中公文庫)

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  沢木耕太郎は檀一雄について「檀」と言う小説を書いているけど、その沢木がサンタクルス村を訪れた際の紀行文が「一号線を北上せよ」の中の「鬼火」と言う章に載っている。彼がそこを訪れた時には沢木は既に「檀」を書き上げて出版もされていた。檀一雄はサンタクルス村から日本に戻って四年ほどで肺がんでこの世を去っていた。沢木にとってこのサンタクルス村の訪問は言わば彼と檀一雄との関係の総仕上げのようなものだったようだ。

  レストランの外の崖に張り出したテラスに立ってゆっくりと水平線の端から端まで眺めた。この海岸線を右へ何処までも辿ればサンタクルス村に行き着く。左に目を移してその海岸線を、何処までも何処までも辿って行けばジブラルタル島の見えるスペインの想い出深い、懐かしい街アルヘシーラスにたどり着く。恐らくはもう二度と訪ねることの無いあの土地の匂いとあの時の陽の光を思い浮かべたら少し胸が苦しくなった。


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 *干ダラのコロッケはポルトのフレイショ通りの店で食べました。その時は写真(下の写真左)の様な小ぶりなものでしたが、スーパーあたりで売っているのをみると、ひと口では食べきれないような大きなものもありました。檀一雄はその本の中で、

 …さて、スプーン二本を左右の手に持ち、こね合わせたすり身をすくって、約五、六センチ長さの、三面の、稜を持った紡錘状の団子を作る。これが、娘達の自慢であって、日本の自称大家もシャペウ(シャッポ)を脱いだ。植物油でむらなく揚げれば、終わりである。 (「檀流クッキング」冬から春へ/ 檀一雄 中公文庫)


 と、こちらの方が素朴で美味そうですねぇ。

 **その時一緒に食べたのが、檀もきっと食べただろう「タコ飯」と「タコの天ぷら」(下の写真中)でした。タコ飯は一見赤飯のようですが、この色はタコから出た色のようです。どちらもタコが本当に柔らかくて、今まで食べたタコ料理の中でもピカイチでした。ちょっと日本人の口には塩分が濃すぎるかもしれませんが、こちらではそうなのかもしれません。

 ***ギンショのレストランで、檀一雄が同じ名前だと言ってそればかりを飲んでいたらしいのですが、ダン・ワイン(下の写真右)という赤ワインを飲みましたが、どっしりとした味の美味しいワインでした。ダンワインというのは銘柄の名前ではなくてポルトガルの中央部のダン川流域のダン地区でできたワインで、ポルトガルを通じて日本人が初めて口にしたワインはもしかしたらこのダンワインだったのかもしれません。


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                                          …つづく
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コメント 10

kuwachan

私も干ダラのコロッケを食べましたが、とっても美味しかったです。
みんなおかわりしていました(笑)
鰯のグリルも食べたのですが、まるで塩焼きのようでした。
ポルトガルのお料理は日本人の口に合いますね^^
by kuwachan (2015-12-04 13:04) 

enpoko

はじめまして。
ご訪問ありがとうございました。
ポルトガル、いいですね~。
いつか行ってみたい国です。
子供の頃、父親がアマリア・ロドリゲスのレコードを
よくかけていたのを思い出します。
ポルトワインを飲みながら、
本場のファドを聴いてみたいです。
by enpoko (2015-12-06 02:42) 

y*

美しい景色ですね^^
こんな素敵なレストランで食事をしてみたいものです。
by y* (2015-12-06 17:41) 

JUNKO

今日は壇一雄のいいお話を聞かせていただきました。読んでみます。
by JUNKO (2015-12-06 18:32) 

aya

お手紙にも 文才を感じます。娘思いの父親だったんですね。
by aya (2015-12-06 19:21) 

coco030705

こんばんは。
壇一雄の手紙、出だしからしてすばらしいですね。こんな魅力的な手紙をもらったら、お父様が火宅の人でも愛さずにいられないだろうと思いました。
最初のお写真が好きです。厳しい景色だなと感じました。日本にはない厳しさというのか、人を寄せつけない感じがします。
by coco030705 (2015-12-06 21:32) 

mwainfo

広角なジャズの香りが伝わります。
by mwainfo (2015-12-08 23:10) 

nicolas

先日はご訪問ありがとうございました。
ゆっくり再訪問させていただいております。
壇一雄「火宅の人」、こんな風景を眺めながら書かれたんですねぇ。
意外でした。
バッカラはイタリアで干したタラのことで、やっぱりジャガイモを茹でたものと
一緒に料理したりするのを頂いたことあります。
コロッケにはなってなくて、風味のいいペーストだったです。
丸めて揚げる手間がかけられれば、これはいつか是非試してみたい一品。
ポルトガル、一回行ってみたいです。ファドとか好きなんです。
by nicolas (2015-12-09 20:29) 

ナツパパ

ポルトガルには「ダン」という名前のワインがあるそうですねえ。
檀一男さんと團伊玖磨さんが対談している記事に載ってましたっけ。
それにしても素敵な場所...ここで地が終わり海が始まる、ホントですね。
by ナツパパ (2015-12-11 14:24) 

テリー

きれいな海ですね。
ポルトガルは、まだ、行ったことはありませんが、段々行きたくなりそう。
by テリー (2015-12-22 11:55) 

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