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Dresden~Leipzig [gillman*s Lands]

Dresden~Leipzig ドレスデンからライプチッヒへ

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 ドイツの状況は随分と変わってしまっていた。年明け早々ドレスデン等に冬の音楽シーズンに音楽を聴きに行くのと、逆にシーズンオフのすいた美術館を回ることにしていたのだけれど、出発前の年明けにネットで在独日本大使館のサイトをチェックしていたら「12月31日深夜(現地時間)、ミュンヘン市警察は、深刻かつ差し迫ったテロの脅威があるとの理由からミュンヘン中央駅とパージング駅に近づかず、群衆が集まる場所は避けるよう警戒を呼びかけました。 一時、両駅は警察により封鎖されました」という注意喚起を見つけた。

 ドレスデン空港へはミュンヘン空港で乗り換えてゆく予定だったのでその後の経過に注意をしていた。幸い危惧したような事件は無かったけれど、念のため外務省の「旅レジ」にドイツ渡航の登録をして緊急事態に注意喚起メールを受け取れるようにしておいた。そうして7日には羽田を飛び立ったのだけれど、その頃には年末にドイツのケルンで起きた難民によるドイツ人女性への暴行事件の騒ぎが拡大しつつある様子が耳に入り始めていた。

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 ドレスデンは今までにも何度か訪れているけれど、最近ではドレスデンはPEGIDA(西欧のイスラム化に反対する欧州愛国主義者)の本拠地として彼らのデモが頻繁に繰り返され、またそれに反対する親移民派のデモも行われていた。そうした動きを危惧してかドレスデンの旧市街のアカデミーの壁にはDas Land, das die Fremden nicht beschützt,geht bald unter.(異国人を保護しない国はやがて没落する)というゲーテ作品の中の言葉が掲げられていたし、ゼンパー(ドレスデン州立歌劇場)の電光掲示板には「素晴らしい音楽は多彩な色彩を持っている」などの異文化との共存をたたえるスローガンが流されていた。

 ドレスデンに着いて二日目の夜、デュッセルドルフの総領事館から明日ケルンで大規模な反難民デモが予想されるのでその一帯には近づかないようにとの注意喚起のメールが来た。そのメールを見るまでも無く、ドイツのテレビでは連日ケルン事件の報道が頻繁に流されていた。幸いドレスデンでは不穏な動きは無かったが…。

 ドレスデンには四日ほど居たので買い物の必要もありいつもは行ったことのないエルベ川の向こうの新市街に行った。橋を越えてアルベルトプラッツからローテンベルガー通りをあがって横道に入ると、通りの様子が一変する。商店の様子もタトゥー屋や外国食品の店など怪しい雰囲気の店が多いし、何よりもほとんどすべての家の壁にペイントがしてある。なんか一昔前のブロンクスのようだ。道行く人の会話からも独逸語らしきものが聞こえてこない。

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 一昨日ドレスデンから列車でライプチッヒに移動した。ドレスデンでは目立ったPEGIDAの動きは無かったけれど、ここライプチッヒはある意味でもっと過激なLEGIDA(Leipzig gegen die Islamisierung des Abendlandes/西洋社会のイスラム化に反対するライプツィヒ)の本拠地でもある。

 旧市街を歩いている時、街なかや聖トマス教会で一枚のポスターを見かけた。Leipzig Beilbt Helle.(ライプチッヒは明るいままだ)つまりライプチッヒは明るい、明晰で、差別のない街であり続けると言う意味だと思う。その意思表示として今日ロウソクの灯りを持ち寄って光の鎖を作ろうと言う呼びかけだった。

 これはつまりLEGIDAの動きをけん制するものだと思うけれど、LEGIDA側も黙ってはいないだろう。街へ出た時異様なほどパトカーが多かったのはそのせいだったのだ。旅の疲れもあったので昨日の晩は駅前のホテルで早目にシャワーを浴びて部屋でワインを飲んでいた。外は小雨が降りだしている。底冷えのする晩。

 部屋で寛いでいると窓の外がさわがしい。ホテルの部屋の窓の下を大音響をあげてデモが通って行く。教会の先の広場に向かってるようだ。人々は手に手にロウソクを持って広場に向かってる。どうやらあのポスターの「Leipzig bleibt helleライプツィッヒは明晰であり続ける」という共生賛成派の意思表示のデモのようだ。反対派の殴り込みが無ければいいのだけれど…。

 人々は雨の中ここの近くの聖ニコライ教会の方に向かったようだ。ここは東ドイツ時代1989年10月9日、7万人に膨れ上がった参加者が「我々が人民だ(Wir sind das Volk!)」(=我々こそが主権者たる国民だ)と叫び大規模なデモが起こった場所。それが東ドイツ平和革命の発端だった。その1ヶ月後にベルリンの壁は崩壊した。

 夜更けまでテレビのニュースを見ているとデモの様子が簡単に報じられた程度だったが、一夜明けて詳細なニュースが入ってきた。昨日のデモ後、共生派との衝突こそなかったがやはりLEGIDAが暴れ出し、街なかで破壊行為を行い騒乱状態になって250人が逮捕された。やはり心配していた事が起こった。 今…ドイツは揺れている。

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 *ドイツは現在でも他の地域に比べて安全な国であることは間違いが無いのですが、現在のように膨大な数の難民の流入やEUの不安定化が続くようだと、治安上の不安も増大してくるのではないでしょうか。また、ドレスデンにしろ、ライプチッヒにしろ旧東ドイツの地域であるということが関係あるのかもしれません。言われていることですか未だに東西ドイツの地域的経済格差があるようです。

 **ドレスデンの新市街の一部の様子を見ると、毎週日本でいう大掃除くらいのレベルの掃除をする整理整頓好きのドイツ人気質からすれば、とれもストレスのかかる光景かも知れません。価値観の闘争の面もあるような気もします。

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ライプチッヒ。不穏な夜。


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コメント 3

テリー

100万人もの難民が、ドイツに入ってきたわけですから、今まで通りの平和な暮らしができるとは、思えませんね。
難民を特定の場所に住まわせ、また、難民差別政策を行わざるを得なくなるのを、心配しています。
by テリー (2016-01-20 15:23) 

coco030705

こんばんは。
この壁の落書き?ひどいですね。ドイツの印象としては、清潔でゴミひとつないという街が多かったと思います。こんなになっているのは、ドイツにとって悲しいことですね。難民問題は深刻な問題だなと思いました。

by coco030705 (2016-01-20 22:44) 

めぎ

ドイツにいらしていたのですね。
こちらは今のところ日々の生活には特に変化はないですが、メルケルさんがずいぶん疲れた表情になってきてて、どこまで保つかなあと感じ始めています。
by めぎ (2016-01-21 05:28) 

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