So-net無料ブログ作成
検索選択

秋葉原、アキハバラ、Akihabara [Ansicht Tokio]

秋葉原、アキハバラ、Akihabara

ABK01s.jpg



 秋葉原をさまよいながら思った。この街はつくづくかわった街だ。考えてみたら、もう半世紀以上も見続けているけど、この街はアメーバのように刻々とかわり続けている。今は電子とサブカルが一体となったカオスのような街になっている。この数十年間、ぼくはおそらく二週間か三週間に一度はこの街に来ていると思う。と言っても、その目的はずっと同じだったというわけではない。この街が変化してきたように、この街を訪れるぼくの目的も時代によって変化してきた。

 ぼくが秋葉原を初めて訪れたのは中学生の頃、鉱石ラジオ(今では分からない人もいると思うけど)を作るとき部品を買いに来た時だと思う。今でも一部は残っているけど、その頃の人でごった返しているガード下の部品横丁の活況はまだ脳裏にはっきりと残っている。ぼくは兄のように工作少年ではなかったので、アンプなどを組み立てるために部品横丁に通うということはなかったのだけれど、その頃から出始めてきたテープレコーダーやトランジスタ・ラジオに興味があってそれらの新製品を見ているだけでも楽しかった。

 高校から大学に進んだころから音楽を聴き始めた。いわゆるオーディオ時代の幕開けなのだけれど、その頃は丁度今のパソコンやゲーム機等のデジタル商品が目まぐるしく入れ替わるようにアンプやスピーカーやテープレコーダーそしてLPプレーヤー等の分野で新しい商品が次々に登場してきた。オーディオの分野でもSONYやAKAI等の日本のメーカーもその存在感を増していたけど、やはり憧れの的はJBLやALTECそしてTANNOY、マッキントッシュやオルトフォン等の海外製品だった。秋葉原に通う一つの目的はオーディオ視聴室を回って高嶺の花のそれらを聴き比べることだった。

 会社に入って少しして何とか自分なりのオーディオ装置を持てた頃には、皮肉なことに音楽会に行く時間的余裕などは無くなってしまった。それまでは音楽会に行くとその響きを忘れないうちに家に帰ってオーディオ装置の調整などしていたのだけれど、それも出来なくなってしまった。それでも会社が秋葉原に近かったこともあって、昼休みなどにはレコードや新しいオーディオ製品に触れるために秋葉原に行った。そのうちに秋葉原で目にし始めたのがその頃登場し始めたマイコンと呼ばれたパーソナルコンピュータだった。

 いわゆるワンチップ・マイコンであるNECのTK-80は結局手に入らなかったけど、それ以降ぼくが秋葉原を訪れる目的はパソコンがメインになっていった。それは同時に秋葉原がオーディオからITの街へと変貌してゆく時期でもあったのだ。最盛期には秋葉原の街にはいたるところにPC関連の部品屋が並び、中東のテロリストも手作りのミサイルの電子部品を秋葉原で調達しているというまことしやかな噂が流れたのもこの頃だ。

 ぼくがやっと音楽の趣味に戻り始めた90年代にはメディアはもうLPからCDに変わっていた。LP時代にも通っていたイシマル電機もCD専門館が出来て、そこにはカリスマ店員か何人かいてクラシックでも指揮者とか年代を言えばたちどころに適切な推奨盤を見つけてくれたり、ジャズでも同じように半端なく詳しい店員がいたものだ。今ではネットのデータベースで調べればなんということはないのだけれど、彼らと話す中で得られた情報は温かみがあってなんとも有り難かった。

 しかし、その内大型店のCD等の音楽関係の売り場は次第に縮小されるようになり、ラジオ会館などにアニメやフィギュアが並ぶようになって、ついには中央通りのAKB48劇場に発したアイドル、サブカルの熱波が秋葉原を覆うようになる。実はこの背後にはそれまで秋葉原の街の外観を支えていた大型電気店の凋落がある。この時代になるといわゆる大型電機量販店が全国にできることによって白物家電などの電気店製品における秋葉原の優位性は消えかけていた。サブカルはその穴を埋める形で増殖していった。

 今の秋葉原は全くのカオスと言っていいかもしれない。電子もあるし、カメラもあるし、サブカルもある。ある意味ではそれは戦後のモノのない時代に闇市のようにジャンク品や電機部品の屋台が並んでいた秋葉原の再来のような感じもする。そこにはまだ独特の熱が残っている。ぼくが子供のころ秋葉原に感じたこの街独特の「うさん臭さ」や独特の「」が若者や外国人を引き付けているのかもしれない。

AKB02s.jpg



MP900402846.JPG
ehagaki.gif



→ 花と蝶 ~アキハバラの凋落と変貌~

上の記事「花と蝶」は9年前の2007年に書いたものですが、
その頃とも事情は変わってきているようです。
その頃にはまだいたCD売り場のカリスマ店員も
今では何処に行ったのでしょうか。
というか店員どころか今ではそのCD館もありません。
会社自体も今では中国系の家電量販店になっています。
時代は動いています。


..


nice!(56)  コメント(6) 
共通テーマ:アート

nice! 56

コメント 6

nicolas

小さいころ、伯父の買い物で連れて行ってもらった秋葉原には、部品屋さん街があって、小さい間口にオジサンが店を連ねてました。
何に使うのか分からないピンにグリーンの小さい玉や落花生みたいなカタチのモノが所狭しと木の仕切りの中に入ってました。
真空管の大きなモノもびっくりで、誰がこんなの使うんだろうなと思ったものです。
中学生のお正月に、レコードを3枚ほど買って以降、秋葉原には行かなくなっちゃいました。
白黒の二枚、いいですね。
by nicolas (2016-06-25 12:23) 

めぎ

こちらの高校生や大学生も、日本に行ったら秋葉に行きたい、とよく言いますよ。
by めぎ (2016-06-25 17:10) 

hideyuki2007y

私は90年代前半のマイコンの街からしか知らないのですけど、その時代は毎週末通っていました。目的もMS-DOSのPCからMac、無線、スマホ(ヨドバシ)と変遷していますが、最近でも2ヶ月に1回は寄っています。最近はサブカルチャーの街になっているのですね。
by hideyuki2007y (2016-06-25 19:09) 

ナツパパ

わたしも若い頃、音響機器をこの街で揃えました。
専門店に行くと、見識があって立派な店員さんがいましたっけ。
その方とまともに言葉を交わすまでに数ヶ月、それから選んで貰って...
...スピーカーもアンプも、今でもわたしの宝物です。

by ナツパパ (2016-06-25 19:54) 

katakiyo

鉱石ラジオ懐かしい!
by katakiyo (2016-06-26 08:17) 

kjisland

この記事も懐かしい内容だなあ?!ありがとうございます。
by kjisland (2016-06-27 22:01) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。