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時の滴 [新隠居主義]

時の滴

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 ■ ブドー酒の日々

ブドー酒はねむる。
ねむりにねむる。

一千日がきて去って、
朱夏もまたきて去るけれども、

ブドー酒はねむる。
壜のなかに日のかたち、

年のなかに自分の時代、
もちこたえてねむる。

何のためでもなく、
ローソクとわずかな

われらの日々の食事のためだ。
ハイホー

ブドー酒はねむる。
われらはただ一本空壜をのこすだけ。

  (詩集『食卓一期一会』食卓の物語 / 長田弘)


 酒を「寝かせる」という言い方があるけど、もちろん何でも寝かせれば良いというわけではない。ウイスキーとかワインとか一部の果実酒みたいなのはそれに向いているけど、日本酒やビールは余り寝かせることはしないみたいだ。

 以前ポルトガルの港町ポルトでポルト酒の老舗醸造所Sandemanを訪れたことがある。暗いひんやりとした貯蔵蔵には大樽に詰まった膨大な量のポートワインが寝ていた。寝ていたといっても通常のポートワインはそれほど長く寝かせるものではないらしいのだが。

 その酒蔵の一角に金網で仕切られた区画がありその中にはこれまたおびただしい量のワインボトルが並んでいた。こちらの方はどうやら長い期間寝かせて熟成させるタイプの高級なポートワインが保管されているらしい。

 壜は年代順に並べられているらしく、その一角にぼくの生まれ年である1947年という表示を見つけてなんだか飲んでみたくなってしまった。その時酒蔵を案内してくれていたガイドに「高いんだろうねぇ」と聞くと「ええ、かなりお高いと思いますよ」と素っ気なく言われてしまった。やっぱり高いんだ。

 時は金なり、ということか。しかしまぁ、すべてがアジリティー、つまり俊敏性や即効性が重んじられる現代において、この「眠りは」貴重であり、贅沢でもあるのかもしれない。我が家でもその贅沢を最近発見した。それが写真の果実酒で一番古いものは1990年だからいまから26年前に仕込んだものだ。

 実は数年前に同じころのカリン酒を自分で飲んだり、知人に差し上げたりしたのだけれどそれはもう無いものと思っていた。ところが最近断捨離と称して身の回りのいろいろなところを整理していたら、床下収納と滅多に開けない天袋からまた古いガラス製の大きな壜がでてきた。

 もうすっかり忘れていたけれど、その頃は毎年のようにばあさんカミさんといろいろな果実酒を作っていたなぁ。一番古い1990年カリン酒は叔父の家でなったカリンの実を貰ったものを焼酎につけたものだ。1990年と言えば、ぼくは43歳、ぼあさんだって70歳で今のぼくとほぼ同じ歳だ。

 その年ぼくは会社で長いこと居た企画部門から経営管理部門に移って大きな転機を迎えていた。月並みな表現だけれど死ぬほど忙しくなって家にいることはほとんどなくなった。だからそのカリン酒もぼくは余り手を出していなかったのだと思う。多分カミさんとばあさんで作ったのだろう。

 もう一つの1999年杏子酒の方はほとんど記憶にない。その頃には日本のバブルもはげてぼくは夜も休みもなく走り回っていたころだ。朝は暗いうちに家を出て、帰ってくるのは大体夜中の12時を過ぎてから。心のどこにも果実酒を造る余裕などなかった。でもそんな中でも果実酒は造られて、そしてきっとひっそりと家のどこかにしまわれていたのだろう。

 壜の中にはまだ果実も入っていた。本来はタイミングを見て実を取り出すのだけれどもそれをしていないから、濾してみたけれども微細な澱が残っている。でも、数日壜を静かにしておくと澱が沈んで透明で実にいい色になる。口に含むと微かにえぐみはあるけれど、とても濃厚でまさに「時の滴」の趣がある、と感じた。

 考えてみればその26年間、もちろん時は止まってはいなかった。酒が暗闇の中で過ごした26年間を眠ったと表現してもよいかもしれないけれど、それは停止ではなかった。外界のぼくらの時間は眠ってはいなかった。それどころかそれは激変の時の流れだった。しかし経ってしまえばまるで眠りのようにあっという間だ。

 過ぎ去った時はきっと酒の味に浸み込んでいるはずだ。一方ぼくの過ぎ去った時もぼくの身体に浸み込んでいるのだろうか。尤もそれで好い具合の味になってるかは、傍から見れば酒もぼくも両方とも何とも怪しいものだけれど…。

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 *大きなガラス瓶から果実を取り出して、残った果実酒を濾してそれを何本かのウイスキーの空き瓶に入れました。(ウイスキーの空き瓶はとっておくもんですねぇ) それにパソコンに残っていた以前作ったラベルを貼る。ラベルのQuittenはドイツ語でマルメロのことでアバウトですがカリンに相当するかも。Aprikoseは杏子です。ぼくの飲み方は、果実酒に氷を入れてそこにドライな炭酸を注いで飲みます。

 **長田弘の詩集「食卓一期一会」は好きで最近よく手に取ります。全編食べ物の詩でタイトルを見ているだけでも楽しいです。中は…台所の人々、お茶の時間、食卓の物語、食事の場面の四つの章に分かれています。詩がそのままレシピになっているもの、中には「戦争がくれなかったもの」のような辛辣なものもあります。



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コメント 6

ZZA700

1990年。日本中が浮かれていたけれど、とても活気がありました。
今のどんよりとした空気とはまるで違っていました。
26年ぶりに対面した果実酒。時間を巻き戻すタイムマシンのようですね。
by ZZA700 (2016-10-22 19:49) 

めぎ

昨日ちょうどそのQuittenを買ったんですよ。
でも、お酒ではなく、コンポートに化けてしまいましたが・・・
by めぎ (2016-10-22 22:12) 

ryang

マルメロは西洋カリンとも言われますよね。
厳密には違うものですけれど
香りも良いし、お酒も美味しでしょうね。
by ryang (2016-10-23 02:19) 

mimimomo

おはようございます^^
良いですね~永い眠りから覚めた花梨酒と杏子種。美味しいでしょうね。
そう言う味のある人間になりたいですね~70年間生きてきたわたくしも^^
by mimimomo (2016-10-23 06:20) 

親知らず

素敵な果実酒ですね。
by 親知らず (2016-10-23 22:31) 

fumiko

gillmanさん、〝時の滴〟、素敵なタイトルです!
加えて、カリン酒、懐かしいです。
以前、贈っていただいた甘露な味わい、奥深いお酒でした。
ボトルにはgillmanさんのファミリーの歴史も詰まっていたのですね。
貴重な1本、本当にありがとうございました!!
また、サンデマンも訪問なさった由、嬉しいです。

by fumiko (2016-10-27 21:57) 

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