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無口な手 [新隠居主義]

無口な手


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 ■ 母の日の てのひらの味 塩むすび (鷹羽狩行)


 母の使っていた歳時記を読んでいたら鷹羽狩行のこんな句が出ていた。そういえばぼくも子供の時はよくおやつの代わりに母におにぎりを握ってもらった覚えがある。ウチの場合はもあったけれど、どちらかと言えば味噌のおにぎりが多かったような気がする。

 おにぎりを握るとき、母は掌に味噌を塗ってその手でシャカシャカと握っていた。母の手のひらの味はよく覚えていないけれど、その手の生き生きとした表情は子供心にもいかにも手際がよさそうで見ていて心地よかったのを覚えている。

  子供の頃の記憶にある母の手は実に雄弁だった。父の工場の手作業をテキパキと助ける傍ら、三味線を弾き日本舞踊も習っていた。父が商売を辞めてからは、母の手は日本画、油絵、木彫りそして習字にと益々雄弁になっていった。その母の手が沈黙し始めたのは数年前からだった。

  いつも書いていた俳句用の母のメモ帳の文字が乱れ出したと思ったら、やがて文字が判読できないものに変わっていった。それでも母の手は懸命に折り紙を折ろうとしていたが、ある時からそれも無理になった。そして言葉も殆ど発しなくなった母との唯一残された意思疎通の手段が手だった。

  母の調子の余程いい時は何かつぶやくが、それ以外はぼくが何か言うと分かったと言うふうに手をギュッと握りしめた。今、その母の手が本当に無口になった。ぼくが話しかけながらちょっと強く手を握りしめると、いつも握り返していたのが、返ってこない事が多くなった。

  車椅子の上で、ジッと目を瞑ったままの母の手は、辛うじて母の心に繋がっていた一本の細い糸だったのだけれども、それも今途切れようとしている。ぼくはその母の手を握りながら、その二つの手をジッと見つめて、暫くして持っていたスマホで一枚の写真を撮った。撮った写真をよく見てみたら、自分の手も母に劣らず皺だらけの手になっていた。老人が老人の手を握っていた。



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コメント 3

Abraxas XIV.

私もいつの間にか老人になってゐました。嘘のやうな現実に唖然とします。
by Abraxas XIV. (2017-05-31 08:57) 

JUNKO

美しい手です。
by JUNKO (2017-06-01 22:42) 

たま

わたしの母の手を思い出しました。
器用になんでも作り出してくれる手でした。
ソール・ライター展、急に東京に行くことになり、先日、見てきました。すばらしいものばかり。ヌードもよかったです。
by たま (2017-06-06 14:57) 

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