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猫を巡るアフォリズム Aphorisms on Cats ~その26~ [猫と暮らせば]

猫を巡るアフォリズム Aphorisms on Cats ~その26~


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 ■ 家族同様に暮らしていくうちに、猫はしだいに家庭の中心的存在になってくる。
この愛らしくも不思議な動物は生き生きとした静けさをかもしだし、王のような気品を漂わせながら悠然とわれわれのあいだを歩きまわり、自分にとっておもしろそうなもの、楽しそうなものを見つけたときのみ足をとめる。 (ジャン・コクトー)


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 クロが居なくなって二人と二匹は戸惑いながらも少しづつそんな生活にも慣れようとしている。朝、お腹がすいたとぼくを起こしに来るクロの役目は最初誰もやらなかったのだけれど、クロが居なくなってからぼくが朝中々起きてこなくなったからか、最近はレオがその役を引き継いだようで毎朝ぼくを起こしにやってくる。

 夕食などの食事の時テーブルに上がれるのはクロだけの特権だったのだけれど、それを引きついてぼくの晩酌の相手をするのはまだ出てこない。時折レオがテーブルに上がってくるけどつまらなそうに横たわっている。尤も小さかったクロとちがって体の大きいレオがテーブルの上に立っていられたのでは落ち着いて食事ができないけど…。やはりそれは小さな体のクロが適役だったのだと分かった。

 モモはライバルが居なくなったのでぼくの傍を独占できるようになったのだけれど、暫くの間はどこからかクロが出てくるんじゃないかと、キョロキョロする時期が続いた。最近は少なくなったがそれでも時々クロを探すようにウチの中を歩き回っている。それに変な話だけれど、クロが居なくなってモモは時々退屈するような感じで遊びをせがんでくるようになった。猫が退屈するなんてことはないはずなんだけど…。

 夜、寝床に入ってウトウトとし始めた頃、寝室の猫ドアが怖くてくぐれないレオが入れてくれと声を上げて催促するので渋々起き上がってドアを開けて入れてやると、その間に今までそばに寝ていたモモが部屋を出てゆく。またウトウトしたころ、今度は猫ドアが使えるのにモモがわざわざドアの外で鳴いている。しかたなくまたドアを開けに行くと、自分の手下のネズミを連れたモモがドアの外に立っている。やっとクロの居るころの調子が戻ってきた。それはそれでめんどくさいのだけれども、でも、そんなこんなのめんどくささは、猫がいればこその生活の遊びのようなものかもしれない。それも猫がくれる贈り物の一つだ。



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コメント 4

coco030705

こんばんは。
レオちゃんとモモちゃん、少しはクロちゃんの不在に慣れたかしらと思います。「そんなこんなのめんどくささは猫がいればこその生活の遊びのようなものかもしれない。それも猫がくれる贈り物の一つだ。」とは、言い得て妙ですね。そう、今の私に足りないのはそのめんどくささなのかもしれません。
サイドの不染鉄の絵画展、「日曜美術館」で紹介していました。9月に奈良に巡回しますので楽しみです。


by coco030705 (2017-07-16 21:35) 

ゆきち

我が家も「猫がくれる贈り物」であふれかえっています。
面倒くささが今となっては無くてはならない楽しみとなりました。
クロさん亡き後、レオさん、モモさん、それぞれに自分の立ち位置を模索中なのですね。
by ゆきち (2017-07-16 23:57) 

ちぃ

nice!をいただいてありがとうございます。
小さな体のクロさんだったけれどレオさんとモモさん
そしてご家族にとっては大きな大きな存在だったのですね。
様々な要求に「めんどうだなー」と思いつつも
結構足取り軽く要求にしたがってしまう・・・
我が家も同じです^^
by ちぃ (2017-07-20 08:39) 

たま

素敵なお話しで心温まりました
by たま (2017-07-31 15:28) 

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