Tokyo Skytree ふるさとの山 [Ansicht Tokio]
ひとはやさしさを どこに棄ててきたの
だけどわたしは 好きよこの都会(まち)が
肩を寄せあえる あなた…あなたがいる
あなたの傍で ああ 暮らせるならば
つらくはないわ この東京砂漠
あなたがいれば ああ うつむかないで
歩いて行ける この東京砂漠
ビルの谷間の 川は流れない
ひとの波だけが 黒く流れて行く
あなた…あなたに めぐり逢うまでは
そうよこの都会を 逃げていきたかった
あなたの愛に ああ つかまりながら
しあわせなのよ この東京砂漠
あなたがいれば ああ あなたがいれば
陽はまた昇る この東京砂漠
あなたがいれば ああ あなたがいれば
陽はまた昇る この東京砂漠
あなたがいれば ああ あなたがいれば
陽はまた昇る この東京砂漠
陽はまた昇る この東京砂漠
(作詞 吉田 旺、作曲 内山田洋、唄 内山田洋とクール・ファイブ)
東京。ぼくはこの街が好きだ。たとえ煤けていようとも、汚れていようとも、自分が生まれ育った街だから山河の自然に囲まれて育った人が故郷の山を見上げるようにビルの谷間を見上げることがある。前川清のリードボーカルで内山田洋とクール・ファイブがこの「東京砂漠」を歌った昭和51年には確かに川は黒く汚れていたし、空も煤けていたかも知れない。でも、砂漠なんかじゃなかった。ぼくたちはこの街でちゃんと生きていた。
かねがね、ぼくは東京が歌や映画などで語られる時の語り口にいつも居心地の悪さを感じていた。時には夢の都として、あるいは仮住まいの地として、そして通り過ぎる街、いつかは故郷に帰る時棄てられる街、冷たい人々の棲むところ、などなど。たぶんそれは東京に限らず大都会というものが持つ幻影の宿命かもしれないけれど、ぼくの気持ちは落ち着かない。地方から出てきて東京に住む人が、故郷の山河のことを誇らしげに語る時、東京はじっとうつむいてそれを聴いているのだろうか。ぼくらにふるさとの山は無かったのか。
ぼくは千住で育った。大川と呼ばれる隅田川のそばの街で視界のどこかにいつもお化け煙突が見えていた。小学校に入って自転車を買ってもらってぼくの行動範囲はとても広がったけれども、お化け煙突が見える範囲がぼくらの領域だった。父の車に乗ってどこか他の町に行って帰ってくる時も、お化け煙突が見えてくると自分の町に帰ってきたとホッとした気分になった。
そのお化け煙突も昭和38年(1963年)に姿を消した。翌年には東京オリンピックが開かれて日本は新しい時代に入っていった。お化け煙突が姿を消す数年前に東京には新しいシンボルとして東京タワーが登場していた。映画「Always 三丁目の夕日」は東京タワーが新しい時代のシンボルとして、そしてそれを見つめて暮らす人々にとって故郷の山の役割を演じていたことを示してくれた。
しかし、東京タワーはぼく達千住の街からは見えなかった。それに東京の街が高くなるにつれて見える範囲も狭くなっていった。カミさんの実家のお墓がある六本木のお寺からもすぐ間近に見えていたのが今はビルに隠れてしまっている。大人になったこともあってか、次第にぼくの頭の中からタワーへの意識が薄れていった。
だから東京スカイツリーが建つといういうことになっても、最初はぼくはさして興味が無かった。しかしそれが生きものが成長するように段々と建ちあがって行くに連れて、自分の街での日常生活の視界に入って来るようになって、忘れていたあのお化け煙突の感覚が蘇ってきた。それは今また故郷の山のようにぼくの心の中に立っている。
この間ドイツ旅行を終えて成田空港から帰ってくる途中、ライナーの窓からスカイツリーの姿を見た時、「ああ、東京に帰ってきたんだなぁ」という安堵感にひたった。それは子供の頃、西新井橋をこえてお化け煙突が見えてきた時に感じたあの安堵感に似ていた。下町のビルの谷間からスカイツリーを眺めて暮らす子供達にとって、これからスカイツリーがふるさとの山になってくれればいいなと思う。

(cam:DSC-TX7)
*それが例え実際の山河でなくて、海であったり著名な建物であったりするかもしれませんが人は誰でも象徴的な「ふるさとの山」を持っているような気がします。女性的な美しい東京タワーと日本刀をイメージした男性的な東京スカイツリーの二つの塔を持つ都として東京がそこで育つ子供達にとって心の故郷になっていってくれると嬉しいです。
*** Tokyo Skytrees in my site ***
Skytree 空へ Oct.2009
東京のタケノコ Feb.2010
Tokyo Twilight 2 Apr.2010
持って帰りたい Apr.2010
ぼくの視界の中のスカイツリー Tokyo Sky Tree in my sight Jul.2011
吾妻橋から Oct.2011
Underworld [Ansicht Tokio]
幸せはゆっくりとしかやってこないけれど、不幸は突然やってくる。でもそれは人生のせめてもの優しさでもあると思う。なぜなら不幸がじわじわとやってきたら、ぼくらはそれに到底耐えることができないから。
だが一旦不幸にとりつかれてしまうと、きっと二つの事が起る。一つは、今まで何の変哲もない、それどころか退屈にさえ見えていた過ぎ去った日常が急にキラキラと輝きだし、如何に幸福だったかを見せつけてくるのだ。何故その時もっと味わっておかなかったのかという悔悟の念に悩まされることになる。
そしてもう一つは、幸福だった日々のそここに実は既に小さな不幸の種が蒔かれていたということにも気づき、なぜそのことに気付かなかったのか、気づいて何とかしなかったのかと。それにも悩まされることになるのだ。盤石だと思っていた足元がある日突然パックリと口を開け全く別の世界が顔を出す。
でも、それはある日突然目に見えるようになっただけで、それ自体は以前からずっとぼくらの足元にあったのだと思う。では、いつか口を開けるかもしれない足元をいつも意識して生きていった方が良いのだろうか。でも、そんなことばかりを考えていたら、ぼくらは足がすくんでしまって一歩も前に出られなくなってしまうかもしれない。足元を恐れるよりも今日を生き尽くすこと、その方がずっと大切なのだ。


*この足元にあるジオラマは両国の江戸東京博物館の鹿鳴館ジオラマです。一定の時間でジオラマの中を馬車が動き、係員の説明を聴くこともできます。床のガラスは丈夫で割れないと分かっていても極度の高所恐怖症のぼくには苦手です。
この博物館はぼくの好きな場所の一つです。すぐ隣がぼくの母校の両国中学校なのですが、卒業して以来もう50年近くもその周辺には行っていませんでした。この間韓国から遊びに来たSさんと一緒に元やっちゃ場があった所にできたこの江戸東京博物館周辺を歩いてみて、全く様子が変わってしまったのに驚きました。
国技館もぼくが中学校に通っていた頃には蔵前にあったのですが、それが両国の日大講堂に移りさらに現在の博物館に隣接した場所になっていました。その日大講堂も今はホテルに変わっています。江戸東京博物館は実物大の日本橋を始めとして昔の建物の再現モデルやジオラマが数多くあって楽しいのですが、特に平日などは見学者もまばらで、なんだかもったいない感じがします。
もっともぼくにとっては、いつ行ってもゆったりとしてのんびりできる穴場的な場所なので今のままの方が良いのですが… 最近は博物館近くの地ビールバーとセットにしてぼくの回遊コースになっています。
ヒエロニムス・ボッシュの窓 [Ansicht Tokio]

ぼくはボンヤリと景色を眺めているのが好きだ。その景色は必ずしも風光明媚である必要はない。例えば都会の喧騒を遠くから眺めたり、美術館の中庭に立つ一本の木を眺めているのも好い。
外のベンチなどに腰をおろして外気の中で眺めるのももちろん好いけれど、ぼくはどちらかと言うとそれ等を窓ごしに眺めるのが好きだ。一枚の絵のように見えるという視覚的な効果もあるけれども、ぼくにとっては窓で隔てられていることによってそれが何か鏡に映った世界のように「向こう側の世界」という感じがして、その感覚が好きなのかも知れない。
考えてみると、ぼくは子供の頃から窓ごしに見る世界とか、硝子や金属や水滴などに映り込んだ世界を見るのが好きなようだ。写真もその一つかもしれない。現世(げんせ)のことを「うつしよ」とも言うけれど、ぼくは何故か子供の時からそれを「映し世」と思い込んでいた。それはもちろん間違いで本当は「移し世」で移ろいやすい儚い今の世の中のことなのだけれど、ぼくの勝手な解釈は現世の向こうにある世の中が本当の世の中で、今は仮の姿。その本当の姿をぼく達は何かに映り込んだ世界を覗き込むことで垣間見ることが出来ると感じたりしていた。
窓の向こうの世界や何かに映り込んだ景色はぼくにそんな妄想を抱かせる。妄想が趣味のぼくにとって、ぼくのそんな要望を満してくれるいくつかのお気に入りの場所がある。六本木のこの場所もその一つだ。時たまここに来て窓の向こうの世界を眺めては妄想に耽っている。とりわけ大都会の真ん中にポッンと出現したミッドタウン・パークの芝生の上の様子を眺めるのが好きだ。天気の良い日にはその芝生の上に大勢の人達が寝転んでいる。中央にある奇妙な形のモニュメントとその前の人々の姿がどことなくヒエロニムス・ボッシュ(最近はボスというらしいが)の奇怪な絵「快楽の園」のように見える。
ボッシュのこの絵は三枚の絵からなる祭壇画の真ん中の部分だ。左側にはアダムとイブの「地上の楽園」そして右側には「地獄」があり、「快楽の園」はその二枚に挟まれている。こんな妄想をしてはつかの間の憩いのひと時でそこに寝そべっている人達に失礼千万な話だけれど、幸いここ日本では妄想だけで逮捕されることは無い。恐らくは今日本で一番モダンな場所で展開されている微笑ましい光景が、クローズ・アップして見ると儚い快楽の園のように見えると言うぼくの妄想はあまり賛同を得ないとは思うのだけれど…
(cam:NEX-7)
*考えてみると神道の神社にある本体も実は「鏡」ですね。昔の人もやはり映り込んだ世界に何らかの不可思議な感覚を持っていたのかもしれません。
⇒Reflections Winter
六本木水族館 [Ansicht Tokio]
ゴールデン・ウィークが始まったけれど、毎日がほとんど日曜日族のぼくにはあまり関係は無いようなものだが何となく落ち着かない。こういう時はのんびりと家に居るに限るのだけれど、あんまり天気が良いのでばあさんがデイケアセンターに行っている時間にちょっと六本木に行ってみることにした。
目当ては国立新美術館で行われている絵画展だが、今ちょうど大エルミタージュ美術館展とセザンヌ展の両方が開かれているのでどちらにしようかと迷った。もちろん両方を見るという手もあるけれど、それだとばあさんが帰ってくる時間に間に合わない。結局、今日は大エルミタージュ美術館展を見てセザンヌの方は次回に回すことにした。
国立新美術館の建物はぼくの好きな建物の一つだ。まぁ、こんなにガラスを使って震度7の大地震が予測されている東京で大丈夫なのかという不安はあるけれど、この独特の雰囲気が好い。ぼくは勝手に金魚鉢と呼んでいるけど柔らかな曲線の外観は中はどうなっているのだろうと期待させるのに十分な個性的なフォルムを持っている。
ぼくが気に入っているのは、入った時の中の広々とした空間だ。中に入って見ると金魚蜂というよりも何か自分が水族館の大きな水槽の中に入ったような気分になる。水槽全体に外から光がさしている。水槽の底には敷石のように小さな丸テープるがいくつも並べられていて、上から見るとその各々に小さな魚のような人間達がまとわりついているようだ。
水槽の中には大きな丸い島が浮かんでいて、そこにも魚たちがたむろしている。ぼくは極度の高所恐怖症なのだけれども、上階のテラス越しに下のフロアーを見下ろすのが好きだ。魚ならぬ人間達の動きを観察していると飽きない。じっとしていると自分も水族館の魚の一員になって大きな水槽の中を浮遊しているような気分になる。
(cam:NEX-7)
→Position
銀座の猫 [Ansicht Tokio]

有楽町の日本劇場(日劇)は終戦後、アメリカ軍に接収されてアーニー・パイル劇場になった。それがまた日本劇場に戻って、その後そこは阪急と西武の店が並んだマリオンになり、そして昨日西武にかわってルミネができた。有楽町も日々変わっている。危機感のあらわれか、それに対抗して今までは考えられなかったような銀座の三越と松屋が共同でプロモーションを企画して銀座に人を呼び込もうとしている。
有楽町も銀座もぼくにとっては子供の頃から「よそ行き」の街だった。大人になって勤めるようになってからも、銀座で呑むということは特別の意味を持っていた。ぼく自身は銀座の高級クラブのようなところで呑むのははっきり言って気詰まりであまり好きではないけれど、銀座で呑もうと誘われるようになった時にはそれなりに感慨深いものがあった。
勤めを辞めてからも銀座にはよくいくけれど、銀座周辺の街並みはここ数年で大きく変わってしまった。目抜き通りには老舗の商店に代わって、欧米系の高級ブランド店が派手な外見の店構えで並び、入り口には判で押したように黒服の男達が立っている。ガードなんだか店員なんだかよく分からないが、何か「貧乏人は入るな!」みたいな威圧感を持っている。
ぼくがまだ二十代の頃、呑みに行くといつも十八番の「銀座の雀」を歌う上司がいた。もちろん呑んでいる場所は銀座ではなく本郷辺りの呑み屋なのだが… その歌はぼくはよく知らなかったけれど昔、森繁久弥が歌ってヒットしたらしい。その上司が、♪たとえどんな人間だって心の故郷があるのさ、という歌い出しで始まる銀座の雀を歌う様は、当時若造のぼくが見ても洒脱でいかにも大人の雰囲気が出ていてちょっと羨ましかった。
今日、カミさんと銀座五丁目を歩いていたらGinzaコアビルの前に人だかりがしている。その日は歩行者天国になっていたので道路にも人が溢れている。集まっている人は皆自分の携帯のカメラを、歩道に立っている一本の標識の上に向けていた。近寄って見るとその標識の上には親子らしい二匹の猫が乗っかっている。カメラを向けていた人たちはこの銀座の雀ならぬ銀座の猫を撮っていたのだ。
猫たちは首にリボンをつけていたので野良猫ではなく誰かがわざわざここに連れてきているようだった。ぼくは猫よりもそれを見物したり、携帯などで撮っている人達の表情の方が面白くてしばらく眺めていた。見物人の会話の中からは、あちこちから中国語らしい話し声も聞こえてくる。笑い声や「きゃっ、可愛い」コールなどで周囲はかなりのざわめきなのに二匹の猫は大人しく標識の上に乗っている。
ぼくも便乗して何枚かその光景を撮らせてもらうことにした。その際改めて銀座の街をファインダーで覗いて見ると銀座の街がまた変わりつつあることに気づいた。高級ブランド店に挟まれてその間にユニクロやギャップやマツモトキヨシなどの大衆マーケットを狙う販売店の店が増えている。ちょっとちぐはぐな感じはするがこれも変化か。それに、通りの向こうでは中国人観光客向けに「5250円 均一」の看板を掲げた店が盛んに客の呼び込みをしている。そんな姿は昔の銀座からは想像もできなかった。ちょっと寂しい光景だけれど、どこかしたたかに生きてゆこうとしている銀座を垣間見たような気がした。
ぼくの視界の中のスカイツリー Tokyo Sky Tree in my sight [Ansicht Tokio]

ぼくの生活シーンの記憶の中でスカイツリーが動き出した。この間、友人と錦糸町のすみだトリフォニーホールに新日本フィルの公開練習を聞きに行った。このトリフォニーホールは家から交通の便がいいこともあるが、規模的にも大きすぎず丁度いい大きさだし音だって悪くない。ぼくはどちらかといえばサントリーホールよりもこちらの方が好きな位だ。
その日の練習演目はヴァーグナーの歌劇「トリスタンとイゾルデ」で、そのオケ部分の最初の練習日のようだった。指揮者は常任指揮者のクリスティアン・アルミンク氏。楽団員は各々自由な私服で舞台上に上がっている。練習初日ということもあってか、練習は淡々と進んでいる。アルミンク氏の公開練習は何度か見ているが、だいたいはいつもこんな感じ。
彼はウィーン生まれということだけれど、彼のドイツ語は訛りのないとても分かりやすいドイツ語だ。もちろん、もう長いこと日本で外国人相手に話しているから分かるように話す癖がついているんだと思うが。練習の間は楽譜のページ数や、なん小節目からなどという指示は彼自ら日本語で指示していた。曲の解釈の問題などがあるときだけ専属の通訳の人を介して説明をしている。
公開練習は朝の10時半から午後の1時ちょっと前くらいまでで、午後の練習は非公開で行われているらしい。演奏を聴き終ってホールを出て駅に向かう途中目に飛び込んでくるスカイツリーが好い。大ホールの出口を出て地上の歩道に降りる階段の丁度一段目が始まるあたりで北側を見下ろすと、まっすぐに伸びた通りの延長線上にスカイツリーが見える。
この通りをどこまでもまっすぐ行くと隅田川に流れ込む北十間川にぶつかるが、そのすぐ対岸にスカイツリーがある。まだ建設中の頃からこのトリフォニーホールに来るたびに、ここから段々成長してゆくスカイツリーを見るのが楽しみだった。外見がすっかり出来上がってからも、もう何度もここからスカイツリーを眺めたけれど、時には厚い雲に覆われて上半身が隠れていたり、雨に霞む日もあって見るたびにその表情が変わっている。
ぼくは高所恐怖症だからスカイツリーの営業が始まっても、そこに行って上まで昇ることはないだろうし、わざわざ傍まで見にゆくことも無いと思う。撮影ポイントを探して撮りに行くことも無いかも知れない。しかし、スカイツリーは今確実にぼくの日々の生活の中の記憶の一部になりつつある。
さらにぼくにとって嬉しいことは、スカイツリーは方向音痴のぼくにとって優れた道しるべになっていることだ。スカイツリーが見える限りぼくは渡り鳥みたいに方角を知ることができる。そして今密かに楽しみにしているのは、夜ライトに照らされた一本の青白い針のようなスカイツリーが東京の空に浮かび上がる姿を遠くから眺めることができる日がこれからやって来るということだ。
トーハクに行こう [Ansicht Tokio]

好きな美術館、博物館はいろいろあるけれど、付き合いが長いということでいえば上野の国立西洋美術館と東京国立博物館になる。大学生時代は学園紛争で授業が潰れたときなどは大抵どちらかに行っていた。といってもいつも展示室にいたわけではない。西洋美術館なら当時の二階にあった休憩スペースが、国立博物館なら本館入口前の大きな木の下のベンチが昼寝に最適だったから。
昼寝の合間に申し訳程度に展示作品を見ては、戻って来てまた本を読むか昼寝をしていた。でも不思議なことにその時代に昼寝の合間に見た作品が今でも脳裏に鮮明に残っている。今想うと贅沢な時間の流れ方だった。もっとも、その間にもっと何かを勉強していたらもう少しどうにかなっていたかもしれないが…
ここ数年、国立西洋美術館は西美(セイビ)という名称で精力的に新しいイメージを打ち出そうと努力してきた。東京国立博物館も平成館の建設や現在も行われている東洋館のリニューアルなど整備をすすめ、今回本館のリニューアルを機に東博(トーハク)という新しいイメージを打ち出し始めた。
フランスに限らず歴史のあるヨーロッパの国は文化資源を観光の武器にしようとしている。昔訪れた時にはペルガモン博物館くらいしか見るべきものがなかったベルリンの博物館島(Museum Insel)も長年かけて整備がされたし、一昨年行ったウィーンもマリア・テレジア広場の近くにミュージアム・クオーター・ウィーン. MQ(Museums Quartier Wien)と称した美術館地区が整備されるなど文化資源の整備に余念がない。
ここ数年前から日本政府は観光立国というものを標榜している。上野恩賜公園周辺地区は先の二つの施設のほかにも現在改築中の東京都美術館、上野の森美術館、国立科学博物館、東京藝術大学大学美術館そして音楽でも東京文化会館や奏楽堂などの文化施設が集中している。そういう意味では欧米の文化地区と比べても遜色のない場所ではあると思う。
しかしながら展示方法も世界にひけをとらないかと言うといささか疑問があった。特に東京国立博物館の本館は、イメージが暗く展示物も埃にまみれているようで歴史の忘れものといったような雰囲気さえしていた。それが今回のリニューアルで大分変ったように思う。展示物もある程度変わっているが、それよりも照明などの工夫で自然に展示物に注目が行くような配慮がなされている。
とりわけ漆工や金工などの工芸品展示スペースについては目を見張るような改変が行われていた。ため息の出るほど美しいそれらの工芸品を見ていると、それを創りだした匠たちがいかに美的感覚に優れ時間をかけ、時(とき)の彼方から美を紡ぎだすようにして作り上げていったかが直に伝わってくる。年初にぼくが行ったときには雪舟の国宝の絵や狩野永徳、伊藤若冲、尾形光琳や葛飾北斎などの作品も公開されていて、見終わったときには先人たちの作り上げた美の世界を通じてなぜか元気が出てくるような気さえした。
トーハクは大分良くはなったがまだ改善の余地はあると思う。例えば展示品に英語の解説がもっとあってよいと思う。これは昔からだが、常設展にも今ではどこでも当たり前になっている音声ガイドもない。西洋美術館は試験段階だがiPhone用に主要展示作品の音声・画像ガイドのAPP(アプリケーション)を配布している。ぼくはiPadにダウンロードして見ているが、とてもよくできている。
例えばそのようなAPPを各国語でiPhoneやAndroidを通じて配布すれば随分と展示物の楽しみ方も変わってくると思う。iTunesなどのAPPのマーケットを通じて配布すれば有料でもいいと思うのだが… トーハクはもちろん外国人観光客に対する観光資源としても有用であるかもしれないが、ぼくたち日本人がもう一度ぼくらの美意識を見つめるということでも有効なはずである。
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*セイビもそうですがトーハクの気にいったところのひとつに、常設展示物は基本的には撮影が許されているということです。もちろん禁止のカードが付いている作品やフラッシュは禁止など一定のルールはありますが、気に入った作品で図録に写真が載っていない場合などには写真が撮れるとありがたいと思っています。
もちろん最優先されるべきは撮影でなく観賞ですからあくまでも観客の邪魔にならないように配慮すべきですし、ぼく自身もその点にはいつも気をつけているつもりです。しかし、先日トーハクにいったときは大勢の観客が国宝や重要文化財の前に携帯電話を構えてショーケースのガラスにへばりつくように撮影していました。
中にはフラッシュをたいている人もいます。携帯電話のジーッという大きな電子シャッター音も結構気になります。写真を撮るということが手軽に日常的になった一方で、あまり愉快でない光景も目にすることが多くなったのは写真を愛する者としても残念なことです。
Lied der Nacht 夜の歌 [Ansicht Tokio]

あっと言う間に12月になってしまった。もちろん10月や11月を飛び越していきなり12月になったわけではないのだけれど、気持ちの上ではそんな感じだ。若い頃は「一年なんてあっという間だよね」という大人たちの会話に、へぇそういうもんなんだとぼんやりと耳を傾けていたが、気がついたらいつの間にか自分がそういう会話をする側になっていた。
毎年12月を迎えるたびに時が加速度的に過ぎ去ってゆくことを感じる。仕事をしている時代に12月を迎えた時の「時」の速さの実感は「もう12月になってしまった、なのにアレもコレもまだ片付いていない…」という感覚だったが、今はすべきことが山積みになっているわけではない。なのに時が足早に自分の前を過ぎ去ってゆく実感は以前にもまして強くなっている。
12月は時の流れを実感させてくれる月だ。街の様子も前の月とはガラッと変わってくる。久しぶりに2週続けて赤坂のサントリーホールのコンサートに行った。両方ともワレリー・ゲルギエフ指揮のロンドン交響楽団のコンサートだった。2回ともマーラーの交響曲が中心のプログラムだった。
11月26日の回の時、ちょっと早めに行って広場の見えるカフェで飲んでいた。開場までまだ時間があるためかホール前の広場は閑散としている。二回目のコンサートは12月1日だった。前回と同じように早めに着くと、ホール前の広場にはこの前とは打って変わって無数のイルミネーションが輝いている。あ、もう12月なんだ。
コンサートは二回ともすばらしかった。特に2回目のマーラーの交響曲第9番の最後の楽章の消え入るような静寂の空気は今までのどのコンサートでも味わったことのないものだ。曲が終わってもゲルギエフが指揮をしたその腕を下ろすまで、おそらくは15秒以上もの間、観客の息一つの音もしなかった。聴衆も見事だった。
興奮の冷めないまま外に出る。無数のイルミネーションが森の木々にとまった季節外れの蛍の群れのようにまたたいて輝いている。一緒に行った友人とビールを一杯だけ飲んで帰ろうということにして広場の前のバーに入る。光のゲートの向こうから一瞬、マーラーの夜の歌が聞こえてきたような気がした。

<Concerts>
11月26日…指揮:ワルター・ゲルギエフ ヴァイオリン:諏訪内晶子 ロンドン交響楽団
①シベリウス ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 op.47
②マーラー 交響曲第一番 ニ長調 「巨人」
12月1日…指揮:ワルター・ゲルギエフ ロンドン交響楽団
①マーラー 交響曲第九番 ニ長調
*今回は友人のおかげで両方のコンサートとも指揮者の息吹やうめき声まできこえるような前列2、3列の席で聴くことができました。若い頃であれば、コンサートが終わり次第、耳の中にその音色が残っているうちに家に飛んで帰って自分のオーディオの調整をするところなんですが、今はもうただ音楽の余韻に浸っていたいという気持ちが強くなりました。
それはエネルギーが枯れてしまった老化なのか、それとも音楽との付き合いが変わってきたのか。自分では後者の方だと思いたいんですが…
Hooters Tokyo 明るいオッパイ [Ansicht Tokio]
Hooters Tokyo 明るいオッパイ
オッパイという言葉は不思議な言葉だ。[Oppai]という発声面からみても日本語らしくないこともあるが、ぼくみたいな親父が発するとなにか卑猥で下卑た言葉に聞こえるが、子供やお母さんの口から発せられると実にたおやかで大らかな言葉に響く。
言葉の意味は状況と使い手によって大きく変わるといういい例だが、おじさんだっていきなりこんな不純になってしまった訳ではない。実にたおやかで大らかなトーンでオッパイという言葉を発していた時期もあるのだ。というよりおじさんのオッパイ好きはその頃のノスタルジーかも知れない。
という訳で…、という訳でもないが、その名もずばり"Hooters(オッパイ)というアメリカン・レストランが赤坂にできたのでそのオープニングに行ってみた。アメリカ人の友人のDanに面白そうだから行ってみないかと誘われた。あとから彼の友人のDaveもくることになっている。
チアーガールをイメージしているということだが、そのノリにはぼくなんかは大昔の鴬谷や上野あたりのキャバレーの開店を思い出してしまった。中には背の高いテーブルにバーの止まり木のような椅子。Danが先に入って席をとっておいてくれたので席につくとテーブルの上にAuroraと書いた紙ナプキンがおいてある。このテーブルの担当のHooters Girlの名前らしい。
ぼくが席につくと彼女がすぐやってきた。ブロンドの小柄な女性だが胸は立派なHooters Girlだ。フィンランドから来たという。Danは彼女の英語にちょっと訛りがあるといっていたが、ぼくなんかにはわからない。担当といっても全くイヤミのない応対でベタベタなんかはしない。
新しい客が入ってくるたびに歓声が上がる。その上時々彼女たちが集まってパラパラ・ダンスなんかを踊ったりする。Hooters Girlは見回したところ、4割くらいが欧米系の女性で他はアジア系に見える。もちろんアジア系に見える女性がすべて日本人とは限らない。オープニングの日ということもあるが、大変なにぎわいだ。
ぼくは元来女性をはべらせて飲むのは好きではない。昔は仕事の関係上銀座のクラブなんかに連れて行かれたことも何度もあるが、楽しいと思ったことはない。ついてくれた女性に気を使ってしまって酒や話を愉しむ気にはなれないのだ。気の置けない店の親父と馬鹿話をしている方が格段に楽しいし、どうせ女性と話すなら隣席の女性客と話す方が楽しい方なのだ。
しかし、ここはそんな気を使う雰囲気ではないし、ただアッケラカンとして明るい。女性客も多いので風俗めいた雰囲気もないから元気を出しにたまにくる場所としてはいいかもしれない。いきつけのバーのカウンターの端に座って渋く飲んでいるのもいいが、たまにはこういうのもアリだろう。疲れた心を明るいオッパイが迎えてくれるかもしれない。

*売り物はもちろんHooters Girlだけでなくてレストランですからフードもアメリカン・テイストのものがそろっています。エスニックな感じやちょっとジャンクフードっぽいのもいいです。この日食べたものは…
・フライド・ピクルス…ぼくはこれが一番好きでした。キュウリのピクルスをフライにしたものでその酸味が新鮮でした。ピクルスのフライなんて、と思って食べましたが、これははまりそう。
・スパイシー・チキンウイング…いわゆる手羽先ですが、スパイシーソースで真っ赤です。でも思ったよりは辛くないんですが、Danの話だとアメリカのはもっと辛いそうです。
・チキン・ケサディア…タコスの皮で挟んだサンドですが、アメリカンタイプのクアーズなんかのビールとあいますね。
・ナーチョ・サラダ…出てきた時はちょっとゲッとしました。なんかキッチンの脇にあった料理クズをそのまま皿に載せたみたいで。でも、ナーチョ・チーズの味がとっても良い感じでした。
結構ビールも飲んで(飲んだのはおもにぼくですが…)上のもの等も食べて3人で1万円ちょっとですから、赤坂という場所柄も考えるとリーズナブルといえるかもしれません。
持って帰りたい [Ansicht Tokio]

ここのところちょっとスカイツリーづいている。一昨日、吾妻橋の袂でスカイツリーにお目にかかったばかりなのに今日はその足もとまで行くことになった。前回のレッスンの時、日本語を勉強しているアメリカ人のD君と下町散歩を兼ねて写真を撮りに行こうということになった。気がつくと、D君と週一回日本語の勉強をするようになってもう一年以上も経っていた。
毎週話をしているうちに彼も写真が好きなことがわかり、日本語の教材も有名な写真家にまつわるドキュメンタリーなどのDVDも使うようにしていた。もっとも彼は日本のサブカルの専門家といってもいい位で、マンガや日本の昔のテレビなどぼくなんかよりはよほど詳しい。彼が友人と運営しているサブカルのブログは今や海外のファンの間でも人気が高いようだ。彼は自分でもマンガを描いている。サブカルのメッカ、中野ブロードウェイ界隈にもよく行くらしい。
今日はD君の女友達のKさんも加わって北千住の駅裏から柳原あたりの路地をぶらつくことにした。Kさんは自身も漫画家だが、インターネットで某有名漫画家のオフィシャルサイトの運営もやっているということだ。三人で話をしながらぶらぶらと千草通りのところまでやってきた。しばらく各々自由に路地を歩いたり、写真を撮ったりした。こういう狭い路地では住民の人にも迷惑がかかるから、あまり群れて歩かない方がいい。
千草通りの周辺を一とおり歩いてから、まだ時間があったのでスカイツリーの建設現場に行ってみることにした。D君もKさんもまだ行っていないということだったので近くの牛田駅から東武線に乗って業平橋に行った。建設現場は業平橋駅のすぐ真横だが、タワーが近すぎてホームからは屋根のない一番端の方まで行かないと全体は見渡せない。
駅を出て川のそばの建設現場にゆくと、タワーの側面には「358メートル」という現在の塔の高さが表示されていた。確かに以前きたときよりもずっと高くたくましくなっているみたいだ。D君とKさんはスカイツリーを背景にピサの斜塔で観光客がよくやるような塔を支えるアングル等あれこれと写真を撮りあっていた。ぼくもちょっとトリッキーなアングルで撮ってみた。
ここのところ国内政治の迷走ぶりや殺伐としたニュースが多くちょっとうんざりしているけれど、外出した時街のどこからかこのスカイツリーが目に入ると何となく嬉しくなる。目に見える形で何かが日々成長してゆく、それを体感する喜びみたいなものがあるのだろうか。ちょうど夏休みの宿題で播いた朝顔の種が芽を出してそれを毎日観察して楽しんでいるみたいだ。スカイツリーは今のぼくの元気の素になっている。帰り際に、スカイツリーを一本掴んでポケットに入れて持って帰りたくなった。
















































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