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静謐な生活 [gillman*s park 16]

静謐な生活

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 近くの公園はすっかり秋のたたずまいに変わってしまっていた。そういえばここの所ゆったりとした気持で散歩していないことに気づいた。歩くだけの目的でそそくさと、カメラで写真を撮ることもなく。今日だってiPhoneで撮っている。知らぬ間に余裕が無くなってしまっていたのかもしれない。

 若いころ一時(いっとき)、役所の戸籍係のような生活に憧れたことがあった。こう言うと実際の戸籍係の人にふざけるな現実はそんな甘いもんじゃない、ときっと叱られると思うが、あくまでも腕にあの袖カバーをまいたような象徴的な意味での「戸籍係」であって…。何はともあれ、転勤もなく勤務先も近く定時に帰れルーチンワークをこなして帰宅すれば自分の自由な時間が待っている。若いのに怠け者とか無気力者と言われればそれまでだが、基本は静かな生活、そんな生活に憧れた時期があった。

 これはカフカの小説の影響もあったと思うけれど、多くはお袋の影響だと思う。親父は菓子の職人で小さな工場を経営していたから、両親は四六時中仕事のことや金の心配で気の休まることがなかったし、いわば二十四時間臨戦態勢の生活だった。夜なべで夜遅くまで工場で仕事をしている、そんな時のお袋の口癖が「お勤めさんはいいねぇ」だった。

 親父は職人気質だったから、どちらかと言えば仕事をやっていればそれで良かったみたいだが、お袋の方は浮き沈みの多い生活や将来のことを気に病んでいた。「お勤めさんは、月末になればきちっ、きちっと入るものが入ってくるし、家に帰ればそれはもう自分だけの時間だし、お前達も…」

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 結局、ぼくはお袋が羨んだ「お勤めさん」になったのだけれど、既に時代はお袋なんかが考えていたものとはガラッと変わってしまっていた。時代はモーレツ社員から、企業戦士へと。企業の中で生き残ろうと思ったら自分の時間などはどんどんと削られてゆく。もちろんそれなりの理想は持って働いていたつもりだけれども、それでも心に積もってゆく澱のようなものが残っていった。

 そういう時間に埋もれて「お勤めさん」の幻影はぼくの中でいつしか「静謐な生活」への憧れに変質していった。例えば、エマニュエル・カントのようなシンプルで静謐な生活。カントは毎日きっかり同じ時間に同じ道を散歩していた。彼の散歩の時間を知っていた街の人は、散歩中の彼を見かけると自分の家の時計を合わせたという逸話が残っているほどだ。

 ぼくも仕事を辞めたら形だけでもそんな規則的で静謐な生活ができたら、と密かに思っていた。ところがいざ実際に仕事を辞めてみると憧れていた静謐な生活とはまるでかけ離れた時間が待っていた。お袋の介護のこともあって第二の人生の夢は断念したことはもちろんあるのだけれども、同時に自分の中にある、もしくは長いビジネス生活の中で身に付いてしまったかもしれない「貧乏性」に気づいてしまったのだ。

 時間はあるのに中々じっとしていることができない。いつも年初には規則的で静謐な生活の時間割を作るのだけれども、一日としてその通りに行ったことはない。不測の事態がよく起こることもその一因かもしれないが、予定にはなかったやりたいことが次々と出てきて時間割がすぐ絵に描いた餅になってしまう。憧れていた晴耕雨読の静謐な生活は逃げ水のように遠ざかってゆくけれど、いつかは…という気持ちだけは今でも持っている。


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月に叢雲 花に風 [gillman*s park 16]

月に叢雲 花に風

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 数日前、カミさんと姪とその子供を連れて近くの公園に花見に行った。シートとテーブルクロスを持って途中のコンビニで弁当とビールを買って…。その前日は雨が降っていたがそれは止んでいた。とはいえ曇りで風も冷たくお花見の陽気には程遠かった。いつもは結婚30年を記念してこの公園に植えた桜の下でシートを広げてお弁当を食べるのだけれど、その日は近くのテーブルとベンチが空いていたのでそこにすることにした。

 桜は満開なのに人は少ない。天気のせいだろう。明後日位にはまた雨が降るというから桜も今年のそれで見納めかも知れない。月に叢雲 花に風と言うけれど、毎年桜が咲く頃には天気が安定していないためか風が吹いたり、雨が降ったり。この月に叢雲花に風というのは、好い月が出たと思ったら雲がかかるし、花が咲いたと思ったら風で散らされてしまう、何事もうまく行かないものだ。好事魔多しということだろう。

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 この言葉の由来はいろいろと調べてみたけどよく分からなかった。いかにも残念な感じはよく出ているけれど、日本人の美意識からすると必ずしもそれは残念とばかりは言えないような気もする。というのも学校でも習った吉田兼好の「徒然草」の百三十七段にはこんな風に書いてあるから…。

 花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは。雨に対ひて月を恋ひ、垂れこめて春の行衛知らぬも、なほ、あはれに情深し。咲きぬべきほどの梢、散り萎れたる庭などこそ、見所多けれ。歌の詞書にも、「花見にまかれりけるに、早く散り過ぎにければ」とも、「障る事ありてまからで」なども書けるは、「花を見て」と言へるに劣れる事かは。花の散り、月の傾くを慕ふ習ひはさる事なれど、殊にかたくななる人ぞ、「この枝、かの枝散りにけり。今は見所なし」などは言ふめる。…

 つまり、桜だって満開だけじゃないし、月だって一点の曇りもない月ばかりじゃない。部屋の中から春を想ったり、みえない月に想いを馳せてみるのも趣があるぞ。もう少しで咲く桜や桜が散った後の庭なんかも好いじゃないか。花が散って、月が沈んでゆくのを残念がって惜しむのは分かるけど、だからってそれでもう見る価値なんか無いというのは馬鹿げていないか。というようなことを言っているらしい。

 この兼好の、ものの盛りよりもその一歩手前や、盛りを過ぎた状態、つまり完全で完成されたものよりもそれを少し外れたものにも美を見出すというのはぼく達日本人の美意識の底流に流れているんじゃないかと思うことがある。それはある意味では諦念や無常観へと繋がってゆく発想ととらえることもできるけれど、ぼくはそれは過ぎてゆく時を嘆くのではなくて、愛おしんですべての時を味わい尽くそうという発想ととらえることも出来ると思う。

 もちろん、これはぼくの勝手な我田引水の解釈なのだけれど、この間埼玉県立近代美術館でジャック=アンリ・ラルティーグの写真展を観て何処かそういう考えに似ているなと思った。彼の写真に溢れているのは過ぎ去ってゆく時への愛おしみのようなものだった。それは植田正治の写真を観た時にも感じた思いだった。そしてそれはぼくの好きな画家のハンマースホイやワイエスそしてホッパーなどの絵画の一つの軸ともなっていると思うのだけど…。

  光陰の やがて淡墨 桜かな  (岸田稚魚)


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空の時代 [gillman*s park 16]

空の時代

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 ここ数年何故かオランダフランドルの16,7世紀ごろの絵を観る機会が多くて、自分の中では今密かなブームになっているのだけれども…。何でだろうと自分自身少し訝っていたのだが、考えられるその一つの理由はずっと観てきた宗教画への反発という程ではなくても、少なくともそれに対する倦怠のせいもあるのかもしれないと思うようになった。

 宗教画は決して嫌いではない、特にキリスト教の宗教画はエピソードと約束事が事細かに決まっていて、つまりフォーマットがしっかりとしていてその中での画家の表現力であり、力量なのだと思う。もちろんそれでは不自由ではないかという事も言えるかもしれないが、ある意味では画家にとってその制限的なフォーマットの中で力を発揮する事自体が一つのやり甲斐に繋がっていた面もあるのではないかとも思う。

 よく建築家が予算も規模も工期も用途も何の制約もつけないから建物を建ててみろと言われたら、それこそが一番の難題なのだ、というけれど職人的色彩が強かった昔の画家にしてみれば宗教画のフォーマットというのは現実的で有難い枠組みだったのかもしれない。勿論それは絵を見る信者にとっても共通の記号が埋め込まれた一つのメッセージとしては至極わかり易いという利点を持っているし、繰り返しそのフォーマットに触れることによってさらに信仰心が深まってゆくという効果も持っている。

 一方、ぼくのようにその宗教の信者でない者にとって宗教画は美術品という位置付けで頭なり心なりに飛び込んでくる。とすると当然絵の中に込められた記号は宗教的記号としての意味は希薄になって來る。ぼくの場合その結果としてちょっとフォーマット自体が段々鼻についてきたような感じなのだ。ただ、これは今だけの問題でその内自分の中で解決されてゆくのかもしれないけれど…。

 ちょっと宗教画の話が長くなり過ぎたけど、要するに16,7世紀のオランダやフランドルには今までの宗教画一辺倒でない絵の世界が広がり始めていた、というのがぼくの心を捉えた点なのだろう。その頃のオランダなどでは東方貿易で市民層が財力を付け絵画の発注者が教会からそのような裕福な市民層に移ってきたということが絵の題材の変化に現れてきたのだと思う。

 風景画もそのような新たな題材の一つで、特にヤーコプ・ファン・ロイスダール(最近はライスダールという表示もめだつが)は今までは肖像画や宗教画の単なる「背景」に過ぎなかった風景を絵画の主題として積極的に取り上げだした。今では当たり前に絵画の一つのジャンルになっている風景画の誕生だ。ロイスダールの風景画の特長は何といっても「空」の表情の豊かさだ。

 彼は絵画にいわば新たな「空の時代」を創り上げた。山の無いオランダの風景の醍醐味は刻々と変わる空の表情、それをロイスダールは地平線を低い位置に置くことによって描き出している。空は実に豊かな表情を持っている。近くの公園に散歩に行ってぼくの一番の楽しみは、そこに広がる大きな空だ。特に公園の丘を見上げながらその向こうに広がる空を見るのが最近の楽しみになっている。今はぼくも空の時代にいるのかもしれない。


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