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冬の柳 [gillman*s park 06]

冬の柳

     
 ほんとうに久しぶりに公園を歩いた。去年の今頃はほとんど毎日ここにやってきて、変わり行く季節の光と空気を満喫していたのだが…。久しぶりの公園はしんと静まり返っていた。歩きながら脳裏でこの前の冬の光景を蘇らせながら、今、目の前を通り過ぎてゆく視界の中の冬と比べている。

 昨年、淡雪と強烈なコントラストみせて真っ赤な実をたわわに実らせていたピラカンサの木には、今はひとつの実も見ることが出来ない。鳥たちの貴重な塩分補給の源になっていたヌルデの木にも実がついていない。そしてその鳥たちの姿もどこにも見えない。何かがちがうのだ、去年の冬とは。それはこの秋にも感じたことだ。静まりかえっていて命の息吹が感じられない。この公園だけにおこっていることなのだろうか。それとも公園も含めて自然が何年かの大きな周期で息づいている、その息遣いのひとつなのだろうか。

 そんなことを考えながら歩いていると、いつもの芝生広場に出た。ここにはぼくの大好きな柳の木がたんさんある。見上げると冬の青白い空を背景にして、くろぐろとした柳がたちはだかっている。夏のあのふさふさとした緑の髪は、今はまばらになって少しさみしいけれど、かわりにしっかりとした骨格が姿を現し頼もしい姿になっている。

 ぼくが勝手にグランパと呼んでいる一本の大きな柳の木の下に立つ。しっかりとした木の幹に身を寄せて芝生の上に目をやると、グランパの姿がくっきりと芝生の上に映っている。その姿はどっしりと、頼もしく大地に根を下ろし、天に向かって手を拡げている。一瞬、それがぼくの影であるかのような錯覚におちいる。そのせつな、大きな力が自分のからだの中を駆け抜けていったような気がした。

                     

この公園の柳の木は四季折々にいろいろな姿をみせてくれます。
柳よ泣いておくれ
ヤナギの筋肉


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きのこの森 [gillman*s park 06]

きのこの森


 公園の「芝生広場」の地面には一面に木のチップや堆肥のようなものが敷き詰められている。歩くとフワフワするし、なんとなく湿気も含んでいる。そんな環境のせいかバードサンクチュアリーに近い広場には時々きのこの群落が出現する。ちょっとしたきのこの森の誕生だ。青空の下のきのこの森には小さな妖精たちが棲んでいるような気がする。

 ことしの春にも一度このきのこの森
が出現している。よく見るとその時のとは種類が違うようだ。ということはこの広場の木のチップの中にはいろいろな種類のきのこの菌糸が息づいていて、生育する条件が整うとニョキッと頭をもたげてくるのだろうか。命の力強さに驚かされる。

 きのこを観察していると、犬を散歩させている人がやってきた。リードにつながれた灰色の犬は鼻を地面にこすりつけるようにしてきのこのにおいを嗅いでいる。ぼくが「犬がきのこを食べたりしないんですか」と聞くと。飼い主のおじさんは「犬はきのこなんか食べないよ」とそっけない返事。しかし、そのおじさんの目の前で犬がきのこをペロペロとなめ始めた。おじさんは慌ててリードを引っ張って向こうへ行ってしまった。あいつはあとでおじさんにきっと叱られるんだろうな。

                      


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沈黙の秋 [gillman*s park 06]

沈黙の秋

     

  今年の夏はかなかな時間がとれなくて、去年のようには頻繁に公園を訪れることは出来なかったけれど、それでも今年の夏の公園は去年の夏と何か違っているような気がした。今朝早く、久しぶりに公園を散歩してみてそれが何かわかった。それは今もそうだが、今年の夏には公園で虫の姿を見かけることが去年に比べてとても少なくなっていたことだ。今日だって、アキアカネの姿も数えるほどしか見ることができない。

夏によく見かけたシジミ蝶などの蝶類やハナムグリの類もあまり見かけなかった。ハナゾノツクバネウツギの茂みに去年はあんなにいた星蜂雀もわずかに一匹を見かけたのみだ。なによりも寂しかったのは今年は池の水面の上をキラキラと舞うチョウトンボの群を見られなかったことだ。夏の陽に照らされたあの夢のような光景はいつまでも忘れることが出来ない。もう見ることが出来ないのか。何が起きているのだろうか。

 レイチェル・カーソンが書いた『沈黙の春』(Silent Spring)という本がある。1962年に出版された本だが、ある年、鳥も鳴かず虫たちの声も聞こえない春がやってくる。自然界に何らかの異変が起きており、春になっても鳥や虫たちの新しい命の息吹が聞こえてこない。沈黙の春がやってきたのだ。

これを境に農薬や環境異変が生き物に与える影響がクローズアップされてきた。この公園にも何かが起きているのだろうか。家の前の原っぱも建売住宅に変わり、ぼくの身の回りからも秋の虫達のすだく声が次第に遠ざかっている。ここにも、やがて沈黙の秋がやってくるのだろうか。

                 

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take off [gillman*s park 06]

take off 

         
 
 久しぶりの公園はどんよりとした空の下にちょっと気だるそうに広がっていた。景色にも夏の疲れのようなものがあるのだろうか。キラめく夏の後に秋の長雨が来て、公園のたたずまいは急速に夏の色を失っていった。よく見ると、公園のそこここで次の華やかな舞台である秋の準備がされている。

 池の水位が極端に低くなって、普段は水面からやっと頭をだしている杭がすきっ歯の爺さんの歯のように池の中に並んでいる。公園の姿がちょっと気だるく疲れて見えたのは、池の水位が下がり、普段は見えないその杭や葦原の根元の黒々とした根の塊などが露になってしまったせいもあるのだろう。

立て札をみると、夏に繁茂したガマを刈り取るために池の水位を下げて作業をしているらしい。菖蒲畑も花の終わった茎が根元から刈り取られている最中だった。これから秋の本番を迎えるところなのだ。

 脇の草むらに目をやると枯れた葦の葉にアキアカネがとまった。灰色の葉の根元にとまったアキアカネは斜め上に向かってはえている葉の上を伝ってその先端へと歩んでゆく。そしてまるで戦艦のカタパルトに乗せられた飛行機が大空に向かって離陸してゆくように、やがて秋空へと飛び立っていった。秋へtake off.

                                         

 トンボが大好きです。大空の中を変幻自在に飛び交い、時折木の先端に止まっては世間を睥睨しています。そういえば、去年の丁度今頃も忘れられないトンボに出会いました。その時は今回の離陸とは反対に、着陸した瞬間のトンボでしたが…、人のほうを睨み付けて「待たせたなぁ」と言っているようでした。

トンボ→「鷲は舞い降りた」

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まあるい そら [gillman*s park 06]

まあるい そら
    

見上げると
まあるい空の真ん中に
ハトが三羽

もう、秋だねぇ、と言っている


                   
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アグファブルーの空 [gillman*s park 06]

アグファブルーの空


初秋の長雨の合間をぬって 一日だけ晴れ間が顔を覗かせた
いつもの坂の向こうには あの空色をした青空が広がっている
昔、ウェールズのスノードンの山の向こうに見えていた空みたいだ
これから秋が色づき始める前の 静かな色のない季節
それもまた いいものだ
                   
 ぼくはAgfaフィルムブルーが大好きで、大昔ですがそれで空ばかりを撮っていた時期がありました。普通はAgfaというと暖色系を評価する人が多いですね。小津監督の赤はAgfaの赤でした。青はどちらかと言うとフジやコダックが評価されていたようですが、ぼくはAgfaの青が好きでした。
 そのAgfa-Gevaert社のアナログ部門のAgfaPhoto社は一昨年破産申請をしていましたね。ひとつ一つアナログの世界が消えてゆこうとしています。Agfa-Gevaertは子会社であるAgfaPhoto社を投資会社に売却していたようです。その後どうなったのでしょうか。効率とか、資本の論理だけが先行して文化が衰退してゆくような気がしてしょうがありません。


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上の空 [gillman*s park 06]

上の空

 本当の夏が来た。今年の夏は、夏休みの期間に入ってからも「夏だぞ」という日が少なかったような気がする。それが昨日あたりからクラクラとするような容赦ない太陽が照りつける本物の夏が来た。夏の空はどこまでも澄み渡る秋とは違って、刻々と変わる雲の演技をみせるための舞台のようだ。




 公園の空は広い。その広い空を横切ってゆく雲を眺めていると、時折太陽を隠したり、カーテンのような雲の間から数条の光の帯が舞い降りたり、飽きることがない。しかし公園の日向はとてつもなく暑い。空を見上げている人なんていなかったような気がする。暑くってそれどころじゃないようだ。

                   
 
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緑の雲のように ラクウショウ [gillman*s park 06]

緑の雲のように ラクウショウ


 ラクウショウの素晴らしい緑色が戻ってきた。前にも一度話したように、この公園の基本的景観はこのラクウショウメタセコイアそれにシダレヤナギの三つの樹木によって作られている。もちろん他の木々もそれぞれ重要な役割を担っているが、公園全体としての季節感はこの三種類の木によって演出されている。この三種類の木は季節の移り変わりで変化する葉によってその表情を変えてゆく。加えて、これからは、年とともに成長してゆく若いの木がこの公園の景観に花としての彩を添えてゆくことになると思う。

 色の波のように足早に通り過ぎてゆく花々の賑やかな美しさに比べて、葉の美しさは派手さこそないが、時間と共に心に染み入る美しさを持っている。ことにこのラクウショウの葉は鳥の羽のように繊細で、その葉が秋から冬にかけて鮮やかな緑色からキジの羽のような褐色に姿を変えてゆくのを一年かけて見てきたが、そのすばらしさに心を打たれた。そして今は緑の季節だ。ふんわりと緑の雲のようにラウショウの枝が公園を覆っている。

                  

 今日公園で今年初めてチョウトンボを見ました。池のほうへ行くとシオカラトンボが尻尾で盛んに水面を叩く産卵行動をしていました。池の反対側では真っ赤なトンボも見かけました。素早く飛び去ったのでアキアカネショウジョウトンボか分かりませんでしたが、もう夏は確実にそこまで来ていますね。
<ちょっと、おふざけ>
気がつきました? 上の写真の中央の小さな人影
クローズアップすると「非常口」の標識の人物のようです
偶然ですが…
 

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雨に負けぬ花 [gillman*s park 06]

雨に負けぬ花 Flowers never bend with the rainfall


 今日は朝から雨が降っていた。雨が降っていたので、公園に行った。雨が降っているのにではなくて、雨が降っていたので…。公園では睡蓮が咲き始めている。夏の早い朝、白い光を浴びて一斉にほころぶ睡蓮の花もすがすがしくて好きだが、雨の中に妖艶に咲く睡蓮もまたいい。

 空から降ってくる雨を、両手の掌を広げて受け止めているような睡蓮の花。確かモネの睡蓮の池の絵も、雨に煙る池にかかるシダレヤナギと水面に浮かぶ睡蓮の花の姿を写し取っていた。雨はしのつくというほどではないが、それでも時折は風に吹き寄せられた雨が、水面に無数の輪を描いてゆく。風に乗って吹き付けてくる雨に打たれて、そのたびに睡蓮の花が震えている。

 雨に負けぬ花。雨に耐えて、というより雨がその魅力を引き立ててくれる花がある。この睡蓮もそうだし、紫陽花も雨が良く似合う。そういえば白い菖蒲も雨に映えていた。どの花も雨が汚れを落としてその花の色を純化してくれたように輝きを放っている。人は冬になると、春を想い、春になると想いを夏にはせる。いつも、その先にある何かを待ち望んでいる。でも花は今この季節を、この場所で精一杯に生きている。


               
このアルバムの中にボール・サイモンの歌う『雨に負けぬ花』(Flowers never bend with the rainfall)が入っていますね。彼の歌う曲の中でも好きな曲のひとつです。

 
Paul Simon 
The Paul Simon Songbook 

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鈍色の水面に カルガモ [gillman*s park 06]

鈍色の水面に カルガモ

   
    
    ■かるの水尾(みお) ひろがりて傘 重くなる  村沢夏風

 梅雨らしい天気が続いている。やがてやってくる灼熱の夏に備えて、命の力を蓄えるように生き物はひっそりとその体に水の精気を吸い込んでいる。どんよりとした空の下で公園も静まり返っている。静かに流れてゆく公園の時間の中でカルガモの子供たちの声だけが響いている。

 よく見ると、そこここにカルガモの親子が団体で水面に浮かんでいる。親鳥は水面を滑るように静かに進んでゆくが、カルガモの子供たちはそれに遅れまいとお尻を振りながら全力で泳いでいる。鈍色の空を映した墨絵のような水面の上をカルガモの親子が滑ってゆく。水面をじっと見つめていると、色のないはずの水面に刹那、虹色が浮かび上がる時がある。

 一瞬、目がくらむような夏の光が脳裏をよぎった。真っ白な光が頭の中にパッと広がり幻覚を見たような気がした。去年の夏、この池に来て初めて目にした光景。キラキラと輝く水面の近くに虹色の翅をした無数のチョウトンボの群れが舞っていた。まるで夢の中の光景のように脳裏に焼き付いている。
…やがて雷がなるとまた夏がやってくる。

                 
 
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