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世界は… [Column Ansicht]

世界は…

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  なんか世界がちょっとザワザワしてきたような感じがする。ぼくは確たる政治的信念を持った人間ではないし、~イズムというものを余り信じない方なんだけれども、それでも日本や世界の政治がどんなベクトルをもって動こうとしているのかについては関心もあるし心配もしている。

 政治については全くの素人なので、もちろん何らかの専門的な分析ができるわけではない。しかし、自分の乏しい経験から、自分の身を守るために自分なりに一つの皮膚感覚のようなものを大事にしている。それは政治に関して、
  ①激しすぎる言葉
  ②シンプルすぎる論理
  ③勇ましい言動
この3つに対しては本能的に身構えるようになっている。心のどこかで「ちょっと待てよ」と囁く声が聞こえる。

 経験と言っても各々の項目に対応する明確な体験がある訳ではないけど、考えてみると大きくは大学時代の学生紛争の時の経験と、昔少しかじったヒトラー時代の勉強の影響が大きいと思う。確かに歴史を動かして行くためには大きなエネルギーが必要だし、そのためにはある意味で激情も必要かもしれない。しかしその激情がどこに向かうのか、そのために切り捨てるものは何なのか「ちょっと待てよと」振り返ってみる必要があると思う。

 激しい言葉、シンプルすぎる論理、そして勇ましい言動は時として人を惹きつけるかもしれないけど、その過程で普通なら見えるものが、もしくは見るべきものが見えなくなり、そして自らもそれに酔いしれてゆく危険を孕んでいる。人を否定し、他を排除し、ブルドーザーのように突き進んでやがて熱が冷めた時の惨劇は歴史が嫌という程目撃しているはずだ。いくら時間がかかっても、自分の目と耳と皮膚感覚を動員して自分の頭で考え行動することが大事だと自分に言い聞かせている。





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野心 [Column Ansicht]

野心

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 「野心」という言葉は決して嫌いじゃない。なんか脂ぎっていてギラギラするものを感じる。最近は草食系男子とか色々取りざたされているけれど、若い人の心根のどこかにはそんなものも持っていてほしいという勝手な願望を抱いている。じゃあ、自分が若い時にはそんな野心を持っていたのかというと、まるでそんなことはなかったから、やはりジイさんの戯言といわれそうだ。

 野心という言葉を辞書で引くと「ひそかに抱く、大きな望み。また、身分不相応のよくない望み。野望」この後半のところの[身分不相応のよくない望み]というのは微妙だなぁ。望み自体がよくない内容なのか、それとも身分不相応の大きな望みを持つことがよくないのか。尤も手がすぐ届くような身分相応のものであればギラギラ感などは出てこないし、野心とも呼べないと思うけど。

 ぼくが思うに、野心にも二つの種類があるのではないか。一つは「何者かになりたい」という野心。ビジネスマンなら会社の社長、政治家なら東京都知事、国務大臣そして内閣総理大臣などの地位に上り詰める。もう一つはそういうものよりは「何事かを成し遂げたい」という野心。この二つは互いに絡み合っていることもあるし、その片方だけがその人の野心を形作っているという、場合もあると思う。

 野心というと政治家がすぐ浮かんでくるけど、ぼくは若い頃ひょんなことから国会議員の秘書のようなものを一年間やったことがある。その時(その時代のという意味でもあるけど)でも政治家は金とか裏の顔とか色々なことが言われていたけれど、基本的には優秀な人たちであると言えると思った。

 マスコミなどは彼らが金銭欲や権力欲だけで政治家になったようにいう事もあるが、彼らはもし政治家になっていなくても世間ではそこそこの成功は手に出来たに違いないという感じはしたし、歳をとっても野心のようなギラギラしたものをなくしていないことも凡人から見れば稀有なことに思えた。

 でも、少しその世界の息を吸ってみるとその彼らの野心は政治家生活のどこかの時点で、何事かを成し遂げたいという野心から、何者かになりたいという野心へと変質していっているのではないかと思い始めた。それはぼくの若気の至りの見方で、何事かを成すためには、まずそれにふさわしい何者かにならなければならないのだ、という事があるのかもしれないが…、どこかの時点で後者のほうが自己目的化していったのではないかと。

 考えてみれば、明治維新を成し遂げた幕末の志士の野心の核は「何事かを成し遂げたい」という野心だったと思う。彼らは藩主にも殿様にも公家にでもなりたかったわけではない。それはもう一つの野心の対象である「何者かになる」、という「何者」自体が崩壊しかけていた時代だったからだろう。同様に戦国時代も野心の対象は天下統一を成すということが野心の対象だった。変革、混迷の時代にはそういう野心をもつ人物が出てくるのかもしれない。

 今世界は混とんとし始めているし、さらに混迷を極めるだろう。こういう時代には一方では現状に固執する草食系人間が増殖してくると同時に片方では野心を持った新たな人物なり勢力なりが次々と登場してくるに違いない。「何者かになろうとする者」「何事かを成し遂げようとする者」「何事かを成し遂げるために、何者かになろうとする者」もちろん、彼らが成し遂げようとする何事かが、万人にとって幸せなこととは限らない。ぼくらが自分の身を守るためにも今こそ目を凝らして彼らの野心の中身を見据える必要があると思うのだけれど。



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変動のマグマ [Column Ansicht]

変動のマグマ

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■ 会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。

ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。

しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?
質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。

息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億~80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?

なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?
マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。

私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?
このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?

このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。

現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。

ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。

このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。

石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。

昔の賢明な方々、エピクレオ、セネカやアイマラ民族までこんなことを言っています
「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」
これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。

国の代表者としてリオ会議の決議や会合をそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。
根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。

私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、1300万頭の世界でもっとも美味しい牛が私の国にはあります。ヤギも800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。

私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。なぜか?バイク、車、などのリボ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行ったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。

そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ:発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。

幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。

ありがとうございました。

 (2012年ウルグァイのムヒカ大統領リオ会議スピーチ/訳:打村明)



 世界のあらゆる処で色々な対立が表面化して、それは治まるどころかこれから益々大きくなってゆくような気がする。ぼくらの足元に得体のしれない変動のマグマが溜まっていて、それが噴き出す機会をうかがっているみたいだ。20世紀の終盤にぼくらが思い描いていたような明るい新世紀は実体のない蜃気楼のようなものだったのだろうか。

 ぼくには経済学やイデオロギーみたいな難しいことはよく分からないけど、世の中にこんなに頭のいい人たちが沢山いるのに、次から次へと矛盾が噴き出すということは、今、根本的な部分で今までの仕組みや考え方ではすまなくなってきているのかもしれない。つまり今までの○○主義とか△△システムとかに無理やり収めるために、それに合わないものを考えの外に置いたり、見ないふりをしてきたのがそれではすまなくなってきているということなのかもしれない。

 そういう問題の中で、ぼくは一番根本的な問題として迫ってくるのは、昔は無限と思われていたこの地球が、ほんとうは当たり前の話なのだけど、有限だということが数字的にも表れてき始めたということだと思う。ゼロサム社会というものを前提として世界も動き出したということかもしれない。ゼロサムというのは総量が決まっているから誰かが10取れば、誰かが10失うということだとされている。

 それは世界経済のイメージからすれば、競争の熾烈化、早い者勝ちや弱肉強食の時代の到来のようにも解される。相田みつをの言ったような「奪い合えば足りぬ、譲り合えば余る」というような悠長なことを言っている余地はないように思える。人によっては弱肉強食こそ自然界の真理で人間だってその例外ではないという人もいる。

 しかし、少し生物学をかじったことがある人なら弱肉強食は決して自然界の真理などではなく、生き残るという自然界の節理からいえば適者生存、つまり力が強いというより環境に適合していくことが「種」としての生き物の生き延びてゆく基本戦略なんだと教わっているはずだ。弱肉強食は一対一で「個」が向かい合った時の論理でしかないかもしれない。それだってヌーがいつもライオンに負けているわけではないらしい。そろそろ種としての人類全体の生き残りを探って行かなければいけない時代になっているのだと思う。

 で、ムヒカ大統領の演説は一読して割とすんなりとぼくの心に入ってくる。ぼくも昔から感じていたのだけれどアメリカの、そして今では日本も景気後退から抜け出す時の言われ方として「消費が上向けば…」という表現が頻繁に使われるけど、その消費の中身がどうなんだろうかということ。

 矢継ぎ早に出る新商品への買い替え需要喚起や低価格大量消費に支えられる商品サイクルの短いファスト・ファッション、TVコマーシャルを通じての物質的渇望感の演出など等、一昔前の消費を体験しているものからすれば、それは浪費スレスレの消費にも見えなくもない。それは食の世界でも起こっていると思う。ぼくはもちろん流通の専門家ではないから、そのへんの実態をちゃんと知っているわけではないけどモノが売られている現場と、モノが棄てられいる状況をつぶさに見れば、その間で起こっていることはあらかた想像がつく。

 でも、それを直ぐにやめることはぼくらには殆ど不可能に近いし、それは消費の「成熟化」したといわれる国々においては経済の崩壊を意味するに近いかもしれない。演説の中でムヒカ大統領はなにも石器時代に戻れと言っているのではない、と言うけれど、そこまで行かなくったって生活レベルを今よりも大きく後退させること自体がとても大変なのだと思う。

 一方、心のどこかでこのままではまずいなぁと思っているからこそ彼の演説は心情的には心に響いてくる。と言ってもぼくはなにも彼の演説にすべての点で賛成というわけではない。統制経済や計画経済は闇市場を形成したり、計画破綻の隠ぺいのための情報統制、そして社会にもあらたな不平等を生み出すこともぼくらは歴史的に学んだし、何よりも幸福の中身と価値は国ではなくあくまでもぼくら自身が決めるものだと思っているから、そこら辺は国家というものに余りいじくり回してほしくはないと思っている。

 しかし、それもこれもあった上でやっぱり彼の演説は無視するわけにはいかない。彼の演説はぼくら自身が変動のマグマを踏みつけていることに気付かせてくれている。どうしたら良いかはすぐ答えが出ないのだけれども…。

 

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 *とは言っても自分のレベルで出来ることといったら取り敢えずは消費スタイルを見直すくらいしか考えが及ばないんですが…。ぼく自身は前から自分なりの消費三原則を作ってなるべくそれに沿って生活するようにはしているんですが、何とも心もとない策かもしれません。

①それは長持ちするか…ドイツ時代にしつこく言われたのは商品の堅牢さと耐久性でした。それがまた見直される時代が来ていると思います。また、長持ちすると言うのは堅牢さだけでなくてデザインや機能の陳腐化などにも当てはまると思っています。現在ではスマホやPCなど陳腐化のスピードが極めて速い商品が多く悩ましいところですが、それだからこそ商品を選択し、見る目が要求されてくると思います。多くのプロセスを経て世に出たモノをすぐに遺棄してしまうのをぼくらの先祖は「もったいない」と表現していました。

②貪るから味わうへ…消費の初期段階ではとにかく量が確保されることが重要でしたが、マーケットの成熟化が進んだ国においては量・質ともに様々な選択肢があるのでその権利をうまく使うことが大事だと思っています。貪るように消費する様をぼくらの先祖は「はしたない」と言っていました。

③買う前の一拍…とびつく消費、踊らされる消費から選択消費に。これが結構難しいですね。消費はある意味では楽しみの部分でもあるわけで、それを完全に無視しても長続きはしないのではないかと思うので、買う前に欲望のクーリング・オフ期間を置くようにしていますが…。Amazonもダイレクトにワンクリックではなくて、一旦ほしいものリストに入れておくようにしています。

  う~ん、こんなんじゃだめじゃん。


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天野祐吉さんのこと [Column Ansicht]

天野祐吉さんのこと

 昨日、知人と話していたら「君が前話していた天野さん、亡くなってしまったね、残念だね」と言われて驚いた。「え、祐吉さんですよねぇ。亡くなったんですか?」「え、知らなかったの?」 家に帰って慌てて調べてみると10月の20日に亡くなっていた。考えて見れば、その時はぼくがちょうどイタリアに行っている時だった。そんなで、昨日の晩はいろんなことが頭をよぎってなかなか寝付かれなかった。

 天野さんが編集長をしていた「広告批評」は昔から時々読んでいたし、最終号は今でも持っている。広告批評から「引退」後、天野さんは「天野祐吉のあんころじー」というブログを始めた。ぼくは天野さんのあの洒脱な文体が好きで毎回読むだけでなく、時にはコメントを入れたりするうちに、天野さんと言えば四国松山のイメージが強いけど、実はぼくと同じ東京千住の育ちでもあるということが分かった。

Amanosan.jpg そればかりか、千住やっちゃ場武寿司」で店の大将と話している時に天野さんがぼくやその大将と同じ小学校の先輩だったことが分かった。NHKで著名人が母校で模擬授業をする番組のシリーズがあって、その中で天野さんもぼくらの母校の千住第二小学校(現在の千寿小学校)で授業をやっていたという。

 それ以来、余計親しみを感じてブログの中でも時には下町の話で盛り上がったり、天野さんもぼくのブログにコメントを入れてくれるようにもなったのだけれど、ある時から天野さんはブログのコメント欄を閉めてしまった。どうやら記事の内容について誹謗や中傷等の煩雑な書き込みが増え、面倒になってしまったらしい。有名人のブログは大変なこともあるようだ。

 そのうち天野さんから「隠居大学」なるものを始めるのでどうですか、というお誘いを頂いてぼくも参加することにした。最初のシリーズは浅草のこじんまりとしたホールでの小規模でアットホームな講演会だった。お陰でそこではぼくの大好きな詩人の谷川俊太郎氏を始め横尾忠則氏、赤瀬川原平氏や安野光雅氏等などの興味深い話を間近に聴くことができた。

 毎回講演会が終わった後に、軽い打ち上げのような懇談会があって天野さんと話をする機会があった。ぼくが自己紹介をすると「ああ、あなたがgillmanさんでしたか、お会いできてよかった」 その時の印象では引退しているとは言えまだ多忙なようすで少し疲れているようにも見えた。

 天野さんとは実はもう一つ接点があった。それはブログで天野さんの子供の頃の想い出話にでてきた近所の物知りの大学生「ひょうちゃん」なる人物だった。それは後に国会議員になった鯨岡兵輔(くじらおか ひょうすけ)氏のことで、彼は天野さんも言っていたけれど今のような時代に何としても居て欲しかった政治家の一人だと思う。実はその鯨岡さんも小学校そして高校でもぼくの先輩にあたる人だった。天野さんとも「ひょうちゃんつながり」ですねと言っていた。。

 鯨岡さんは環境庁長官時代に真摯に環境問題に取り組み、また徹底した不戦主義者としても知られていた。たたき上げの党人だけれども三木派という主流ではない派閥ゆえに受けた苦難は大いにあったはずだが、最後まで政治家としての矜持を守り抜いた。その鯨岡さんは当時ぼくの住んでいたところからすぐそばの処に居て、町内の祭りの時などによく着流しのいなせな姿を見かけた。

 天野さんも鯨岡さんも様々な困難を抱えた現実を充分知りながらそれでも平和にかける思いは熱かったと思う。敢えて言えば今、日本の政治は人材枯渇のような感さえある。今の政治家から平和や自由にかける理想や覚悟を感じとることも難しいのではないか。奇しくも今まさに特定秘密保護法が作られようとしている。これを知ったら天野さんや鯨岡さんはどう思うだろうか。

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ウルトラマンは来ない [Column Ansicht]

ウルトラマンは来ない

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   三党首テレビ討論

  へりくつ
  はったり
  からいばり
  ポーカーフェイスで
  いいのがれ
  あげあしとりの
  なすりあい
  舌先三寸
  三すくみ
  ねこっかぶりの
  まねきねこ
  店ざらしの公約に
  うっすらほこりもつもってる

   (谷川俊太郎 『詩集21』から 谷川俊太郎詩集/思潮社 現代詩文庫27)

  この詩を読んでいて、何だかニンマリしちゃうか、ウンザリするかは人によって違うかもしれないけれどこの詩は谷川俊太郎の詩だ。ぼくはこの詩を以前谷川俊太郎詩集の中で見つけたのだけれど、もとは1964年に刊行された彼の詩集『落首九十九』の中におさめられたものらしい。

 もう50年近くも昔に創られた詩だと知って、日本の政治家って変わんねぇなぁ~、とニンマリとしてから暫くしてどっとウンザリ感が襲ってくる。1964年といえば東京オリンピックの開かれた年だ。この年に公明党が正式発足しているが谷川俊太郎がこの詩を書いた時点では三党首と言えば、自民党・日本社会党の二大政党に日本共産党か当時の民社党のどちらかだと思うけれど…

 首相はこの年に池田勇人から佐藤栄作にバトンタッチされた。アジアではこの年にトンキン湾事件が起こりアメリカはベトナム戦争の泥沼にはまってゆく。ぼくはこの時まだ17歳だったけれど、このあと日本は経済成長しながらも70年第二次安保闘争などの動乱の時代に向かってゆく。ぼくが大学に入った時大学は学園紛争の真っ只中だった。

 学生運動のエネルギーは凄まじかったけれど実際には現実を無視した稚拙な理想論や空理空論も多かった。学生運動で逮捕された闘士が留置場の中で悠然としているので監視が訊ねたら「今にウルトラマン(月光仮面だったかもしれない)が助けに来てくれるから大丈夫だ」とうそぶいているカリカチュアを当時見た覚えがあるけれど、ことほど左様に現実放れしていたのかもしれない。

 でも、もしかしたら今のぼくらは彼らのことを笑えないかもしれない。誰か強力な指導者が現れてくれないものか。この馬鹿馬鹿しい状況を打ち破ってくれる目の覚めるような政治家を待っているかもしれない。それは多少のレベルの差こそあれ、ウルトラマンやバットマンや白馬に乗った王子様を待ちわびる心理とどこかで通底している。この事態を打破してくれるならば多少は独裁でもいいかもしれないと。

 しかしウルトラマンなら問題を解決したらシュワッチと空の彼方に飛んで行ってしまってくれるけれど、政治家はそうはいかない。権力とはそういう類のものではないのだ。歴史上、強力に改革を唱えて上昇してきた政治家の中には改革を行うと同時に、自分に敵対する勢力や仕組みを破壊しながら昇ってゆく者たちがいた。そして彼らは実際に力を持った時点から、今度はその力をキープすること自体が政治目的化してゆくというプロセスをたどることが多い。

 それは長い間歴史の中で繰り返されてきた。そしてそれは今も世界のどこかで繰り返されている。その反省と教訓から一見軟弱でコストと手間のかかるように見える現在の民主主義の仕組みができてきたのだと思っている。もちろんいつの時代にも改革は必要だし、指導者の決断も不可欠なことは間違いないけれど、ぼくらがそれに頼り切ったり、英雄願望にとらわれて大事なものを手放した瞬間から権力の質は変わってゆき、ぼくらに牙をむくものになってゆくということを忘れてはならない。今こそ自分の肌で感じ、自らの頭で考え、目を皿のようにして見ておく必要があると思う。

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カナリアは鳴いているか [Column Ansicht]

カナリアは鳴いているか


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 その昔、炭鉱では炭鉱夫達をガス爆発から守るために坑道でカナリアを飼っていたという。炭鉱では石炭層の中に紛れ込んでいるガス層から知らない間にガスが漏れ出してガス爆発を起こすことがあったらしい。劣悪な環境の坑道の中で働いていると、多少のガス漏れがあっても気づかなかったり、鼻が慣れてしまって人間には感じ取れない場合でも敏感なカナリアはそれを感じ取るのだ。

 ある種類のカナリアは常にさえずっている。だからそのカナリアが鳴かなくなったという時には何か異変があったということなのだ。炭鉱夫達はカナリアが鳴きやむことで坑道の中の異変にいち早く気がついて、ガス爆発の事故を未然に防いだという。ジャーナリズムはいわば現代におけるカナリアだ。世の中の矛盾や隠ぺいされたことについて常にさえずっていることがとても大切なのだと思う。カナリアが鳴き止んだ時、それは何かの異変がおこりつつある時なのだ。

 この大震災の時、そのカナリアは鳴いていただろうか。今になって震災直後の実態が本当に少しづつだが、明らかになりつつある。テレビも新聞も東電や保安院や政府を詰っているが、当のマスコミに反省の色は無いようだ。パニックを避けるという一見まことしやかな大義に隠れて、真実を探り知らせるという機能を放棄したばかりか、ご丁寧に安心情報を補強する解説者を据えて政府報道のサポートまでしていた。マスコミを構成する人々もジャーナリストだと思っていたが、その時おこりつつあることを推測できなかったとすればジャーナリストとしてはお粗末だし、敢えて知ろうとしなかったのであればもはやジャーナリストとは言えないのではないか。それが今になっての東電や政府非難の大合唱なのだ。

 そのときカナリアはどこで鳴いていたか。日本のテレビや新聞は当の昔に鳴かなくなっていたような感じがするが、震災の時かろうじて呟きが聞こえていたのはインターネットの中だけだったのかもしれない。とりわけツィッターの中でカナリアは鳴いていた。ツイッター(twitter)のもとのtweetとは鳥のさえずりということだから、まさにその時さえずっていたことになる。

 ぼく自身はツイッターはどちらかと言えばあまり好きではない。確かにそのリアルタイム性は優れているが、短い文章での言葉足らずの情報が誤解や感情的軋轢を助長する面もあると思っている。それはさておいても、震災直後から一部のツイッター上で流れていた内容の殆どを今、政府や東電はシブシブ認め始めた。ツィッターなどでの「デマ」を理由に菅首相はインターネットでの信頼性のない情報提供者に対して罰則を科すという手段をもってカナリアを黙らせようとした。

 このことで日本の政府や役人のインターネットというものに対する意識が、自分達に都合の悪い情報は止められると、いまだに思っているどこかの国の意識と大して変わらないのだということを露呈してしまった。一昔前に「インターネットは空っぽの洞窟」という本があって、その本はインターネットにはいかに価値のない情報が氾濫しているかを説いていたと記憶している。それもある意味では正しいと思う。

 確かにその一面はある。インターネットには匿名性と言う隠れ蓑にかこつけたデマや誹謗中傷もウンザリするほど数多く流されている。ぼく自身はインターネットはいわば「偉大なゴミ箱」だと思っている。その中には玉石混交、ありとあらゆるものが放り込まれている。だが、時にはゴミ箱を覗いた方がとりすました表の顔よりもより真実に近づけることもあるかもしれない。要はそれを覗くぼくらの能力が問われている。全てを額面通りに受け取らずに、有用な情報を選り分ける能力が求められているのかもしれない。

 太古の時代から権力を持ったものは自分に都合の悪い情報は他人の目に触れないようにしてきた。それは今も、そしてこれからも変わらないだろう。彼らは何かの機会をとらえてはカナリアを黙らせようとする口実を探している。ぼくらにとってみれば、今黙らせてほしいのはカナリアではなく、また臆面もなく鳴き出した「」の方なのだが…


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  *情報が氾濫し錯綜している現代では、正直言って自分自身でも何が本当で、何がそうでないか。何が意図的に流されたもので、何が事実に基づいて流されたものか見わけがつかなくなっています。そのような中でどうしたら自分のようなありふれた人間にでも少しでも本当のことに近付けるか考えてはいますが、とても難しいようです。それでも、自分と家族を守るためには読み取ろうとする努力は続けてゆく必要があると思っていますが…

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ハッサンの屁 [Column Ansicht]

  後世から今を振り返って見た時、今起こりつつあることはぼくたち日本人の精神史における一つの転換点として位置付けられるかもしれない。その評価はもちろんぼくらがこれから何を考えどう行動するかにかかっているのだが…
 
  今回の大震災は地域社会や安全や世界の中の日本、さらに日本人そのものについて、そしてマスコミや政治や政府というもののあり方についても、ぼくらが改めて考えることを求めている。

  その中のいくつかの事は、ぼくたちがこれから生きてゆく上で勇気を与えてくれるものかもしれない。一方、ちょっと考えてみただけで暗澹たる気持ちになってしまう事柄もある。その最たるものが政治だ。

  政治不信が叫ばれて久しいが、一向に状況が好転しない国民の目は政権交代に注がれていた。そして国民はその方向を選んだのだが、それは結果として国民を政治不信からさらに政治の絶望へと追い込むことになってしまった。

  その引き金を引いた人物の一人は責任をとって潔く政界から身を引く、という政治家として最後の矜持を示して去って行った。それはそれで一つの在り方だなと思っていた。しかし、気がつくと何時の間にか「辞めるのを止めた」という不可解な態度を示して、暗躍するようになっていた。

  民衆の味方を標榜しながら、莫大な資産を背景に民衆とはかけ離れた生活を送っていただろうその人は、実は民衆とは忘れ易いものだと看破していたに違いない。自分が綺麗さっぱりと身を引くと言ったことなど、民衆はもうとっくの昔に忘れているだろう、と。

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 ■ …この物語は何世紀にもわたってイラクのバザールで語りつがれてきたもので、まこと涙なくしては語れない。それゆえ笑わないでほしい。
アブドゥル・ハッサンはかの偉大なるカリフの治世における有名な絨毯職人で、その腕は高く買われていた。ところがある日、宮中で商品を披露しているとき、破滅的な事態が起こった。
ハルーン・アッラシードの前で低く頭をたれた瞬間、アブドゥルは、放屁をしてしまったのだ。

その後、絨毯職人は店をたたみ、一頭の駱駝の背にいちばん値のはる品々だけを積んでバグダッドをあとにした。職業はそのまま名前だけを変えて、シリア、ペルシャ、イラクなどの国々を何年間も放浪のたびを続けた。商売はうまくいったが、愛する生まれ故郷の町のことはいつも頭から離れなかった。

ようやくもうみんなあの不名誉な事件を忘れただろうと確信して家路についたとき、彼はもう老人だった。バグダッドの尖塔が見えてくる頃には夜のとばりが落ちていたので、市街へは翌朝はいることにして手ごろな宿で一泊した。

宿の主人は話し好きで愛想が良く、アブドゥルは大いに喜んで、長期にわたる不在の間に起きたことを片っ端から聞かせてもらった。宮中でのとある醜聞をふたりで笑いあったとき、アブドゥルは何げなくたずねた。「それはいつの話しかね?」
主人はしばし考え込んでから頭をかいた。
「はっきりした日付は覚えてないな」と彼は言った。「でもたしかアブドゥル・ハッサンが屁をひってから五年ほどあとのことだったよ」
というわけで、その絨毯職人は二度とバグダッドへはもどらなかった。

『神の鉄槌』 The Hammer of God アーサー・C・クラーク /小隅 黎・岡田 靖史訳/早川書房/p43


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ぼくたちは何を学んだか [Column Ansicht]

ぼくたちは何を学んだか

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 今、ぼくの手元に一冊の雑誌がある。それは昭和五十四(1979)年の文芸春秋の六月号だ。ぼくの自宅にはじゃまにされながらも棄てずにずっととっておいた昭和49年から30年間分の文芸春秋がおいてある。その中から毎月30年前の当月号の文芸春秋をとりだして新刊書のような気分で読むのが仕事をやめてからのちょっとした楽しみになっている。

 そう言えば、2年前に読んだその時の30年前の文芸春秋六月号に米国スリーマイル島原発事故のルポルタージュの記事が載っていたのを想い出して引っ張り出してまた読んでみた。6月号の目次には…
カタストロフのあと・三哩島インフェルノ
 "原発最悪の事故"をもっともそばで目撃した
   (毎日新聞ワシントン特派員 寺村荘治)

 
本編は193ページから208ページまで時系列の経過や、今では嫌というほどぼくらの目に焼き付いてしまっているあの原発の内部の仕組みの図説もある。その記事は以下のような見出しで始まっている。

 決死の原発事故ルポ
 三哩島インフェルノ
 事故三日目、私はスリーマイル島に向かった。発電所の中でいったい何が起こっているのか? 情報混乱の中で、一般人ばかりでなく専門家たちの恐怖も肥大していく。

 ルポルタージュは事故発生直後の原発に起こった事象とそれを取り巻く関係者の動きを克明に追っている。そこに登場するのは、①スリーマイル島の原発を管理・運用していたメトロポリタン・エジソン社(電力会社)、②原発を監督する米連邦原子力規制委員会(NRC)、③原発があるスリーマイル島の属する州であるペンシルバニア州知事そして④当時の米大統領ジミー・カーターである。

 これを今回の福島の原発事故における関係者と対比して見ると、①メトロポリタン・エジソン社(電力会社)=東京電力、②米連邦原子力規制委員会(NRC)=原子力安全・保安院、③ペンシルバニア州知事=福島県知事、そして④米大統領ジミー・カーター=菅首相という対応になるかもしれない。

 ぼくは素人なので技術的なことは良くわからないが、原発事故の発端が片やスリーマイル島が人為的なミスであるのに対し、今回の福島原発は災害が発端であったという相違はあるしても、発生後の経緯が極めて酷似していることに驚く。

 事故発生後の電力会社メトロポリタン・エジソン社の記者会見でクライス社長は
 …クライス社長は、しきりに「人間のすることで何事も完璧なものはありえない」とのべ、「この出来事は誰にも被害を与えていない」と高飛車な調子で事故を弁護した。日本の電力会社の社長さんなら、さしずめ「国民の皆様にご迷惑をかけたことは申し訳ない」と深々と頭を下げ、電力会社に対する風当たりがやわらぐのを待つところだろう。(p199)

しかし、その後の記者会見で広報担当の副社長は、最初は自信満々だったが、
 …執拗な質問にようやく「原子炉の中の三万六千本の燃料棒のうち、百八十本から三百六十本、つまり1%以下が溶けた可能性がある」と譲歩した。だがこの推定も、この日遅くなって、NRC(米連邦原子力規制委員会)が「燃料棒の50%が損傷している」とのべたことで、会社側に対する不信感はさらにつのった。(p199)

 ルポルタージュは原発の実情がストレートに関係者に伝わってゆかず、原発事故に対処する体制がきしみ始める様子を描いている。
 …この日の夜遅く、ソーンバーグ知事は、発電所に電話を入れ、燃料棒の損傷が以前よりも悪化しているとかどうかを確かめようとした。だが返ってきた答えは、「それは必ずしも放射能の放出と言う問題を意味していない」という曖昧なものだった。だがこの知事の危惧は、翌三十日になって現実となった。(p201)

 …クライス社長は、「個人的には危機は終わったと思う。水素のアワの量は昨晩中に減少した」と楽観的なトーンを打ち出した。しかしこの会社側の説明は、ソーンバーグ知事がデントン局長(NRCの責任者)から受けた報告とは似ても似つかないものだった。(p204)

 …三時四十分、デントン局長から入った報告によると、水素のアワはなお増え続けて、酸素のガスも増えていた。水素と酸素の割合がある一定のところに達すると爆発を起こす。原子炉は危機に向かって動いていた。(p204)

 今回の原発事故でも、ある時点で東電は原子力安全・保安院に原発を引き渡して手を引きたいと言ったというような趣旨のことが一部で報道されたが、全く同じことがNRCと電力会社の間で起こっていた。
 …NRCと電力会社は多くの技術的な点で正面から衝突、電力側は一時すべての運転員と技術者たちを発電所から引き揚げさせ、NRCにすべての責任を押し付けるとの厳しい態度を示したこともあったといわれる。(p207)

 カーター大統領がついに住民の避難を示唆した翌日にあっという間に酸素のアワが消え二日後には安定した状態に戻った。だがもちろん格納容器の中には、高い放射能を持つ水や蒸気が詰まっておりこの処理には長い年月がかかった。結果としては原子炉爆発と言うNRCの危惧は起こらなかったが、ことが起こった時の情報不足が危機をさらに大きくするリスクを抱えていることがわかる。それは住民に対してもそうかもしれない。

 事故後原発の15マイル以内の住民に対して行った世論調査では、
 …住民の52%が事故について「真実」を教えられてていないと感じ、「真実」を教えられたと応えたのは僅かに36%、また事故に関するマスコミの報道に不満を持った人は実に46%と、ほぼ半数を占めている。(p208)

 あれからもう32年も経っている。日本の原発関係者もスリーマイル島の原発事故から多くの技術的な教訓を学んだと思うし、そう願いたい。フェイルセーフの考え方や二重三重の安全装置、あらゆる想定されうる事態に対する技術的な手は打っていたと考えたい。しかし、それでも想定外のことは起こりうることを今回の事故は示している。

 ぼくは思うのだが… 
いくら技術的に進歩しても想定外のことが起こりうるとしたら、その時に最終的に頼らなければならないのは機械ではなく人間が形成するヒューマン系のシステムなのだと思う。しかし、そのヒューマン系のシステムは極めて脆弱な体質をも抱えている。想定外の事態が起きた時、人間は立ち向かう勇気や崇高な使命感を示すことがあると同時に、このヒューマン系システムは人間の「業(ごう)」ともいえる性格をも抱え込んでいる。

 つまり、何か想定外のことが起きた時に、人間にはことさら楽観的に見ようとしたり、不都合なことを隠そうとしたり、自分の立場を守ろうとする力も働く。それが事態を思わぬ方向に向かわせさらにリスクと不安を増大させることがある。それはある特定な国や分野にのみ起こりうることではないし、また科学技術のように数値的・論理的に改善するということも難しい。それをも技術の進歩で解決できると思うのは不遜ではないかと思う。

 人間が自分の持ついわば「業」のために人類に壊滅的なリスクをもたらす恐れのある科学技術に対しては、たとえそれがどんなに便利で魅力的であろうと、十分すぎるくらいの用心さを持つべきではないか。例えば、核技術や生命工学のように… それを進めるのであれば、何を覚悟すべきか論議し明確にしておく必要があるのではないか、と。

 最後にこの32年前のルポルタージュはこう締めくくっている。
 …十五日、ユーゴスラビアで大地震があり、二百人以上が死んだ。同じ日、ミシシッピー州のジャクソンで洪水が起こり、一万七千人が緊急避難した。もしこれと同じことがスリーマイル・アイランドで起こっていたら…。(p208)


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魚が出てきた日 [Column Ansicht]

魚が出てきた日

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    エーゲ海に浮かぶ小さな島の付近に爆撃機が墜落した。墜落する前に爆撃機のパイロットは原子爆弾二発と金属製の箱をパラシュートで投下した。爆弾は海中に没したが、金属製の箱は島に落下した。パラシュートで降下して助かったパイロットたちは何とかしてその金属製の箱を回収しようとやっきになった。その箱には高濃度の放射性物質が入っていたからだ。

 これは1967年に封切られた映画 『魚が出てきた日』(英・ギリシャ原題:『THE DAY THE FISH CAME OUT』)のイントロの部分だ。ぼくが、デビューして間もないキャンディス・バーゲンの水着姿を目当てにこの映画を見たのは随分昔のことなので細かいところは忘れてしまったが、この数年前に実際に起こった米軍の爆撃機が水爆を抱いたままスペインのカディス沖に墜落した、という事件をパロった映画だったと思う。

 映画では墜落後、島には観光客に扮してなんとか爆弾と金属製の箱を極秘裏に回収しようと政府関係の人間が押し寄せる。実はその放射性物質が入っている箱は何も知らない羊飼いに拾われていた。羊飼いはその宝物が入っていそうな金属の箱をなんとかこじ開けようとするがビクともしない。だが、ついに彼はその金属を溶かす強力な酸を街で手に入れてしまう。開けてみると中から出てきたのは、宝ものではなくただの卵型の容器が二つ。がっかりした羊飼いは、それを海に捨ててしまう。そして、しばらくすると海から…

 ドタバタのパロディーといっても、カコヤニス監督は最後には背筋の寒くなるようなシーンを用意していた。この頃は東西冷戦の真っ只中だったから、世界は米ソの衝突や突発的な事故で核戦争が起きるのではないかと恐れていた。一方、60年代は核の「平和利用」としての原子力発電が注目され始めた時代でもある。現在問題になっている福島原発などの原子炉が設計、施工され始めたのもこの時代あたりからだ。

  原子力は恐ろしいものというより、うまく使えば人類に与えられた「第二のプロメテウスの火」となり得るものだ、という積極的な肯定論もこの頃から力を持ってきた。プロメテウスとはギリシャ神話で人類に火を与えた神で、彼はその罪で未来永劫拷問を受けることになったが、そのおかげで人類は火を使うことによって今日のように発展してきた。そして今、人類は原子力という第二の火を手に入れたというわけだ。

  確かに効率の面やコスト、二酸化炭素排出量の少なさ等から見ればそれは人類にとっての第二の火となりうるものかも知れないが、その火が持つ第一の火とは比べ物にならない程のリスクの大きさを同じギリシャ神話に例えるなら、それはダモクレスの剣になぞらえることが出来るかもしれない。つまり第二の火によって得た繁栄の頭上には、いつも細い一本の糸で吊るされたダモクレスの剣が垂れさがっている。その細い糸はいつプツッと切れてぼくらの頭上に落ちてくるかもしれない。

 ぼくらは勝手に、専門家と称する人達がこのダモクレスの剣が吊るされていた一本の細い糸を、何重にも縒り合せて太いものにしてくれていたと思い込んでいた。ぼく自身は今とても後悔をしている。それは今ぼくたちが直面している原発の危機の一因は、ぼくたちが今まで明確な選択をしてこなかった結果として起こってしまった側面があるからに他ならない。もし今の原発社会がリスクを知った上でのぼくらの明確な選択に基づいていたのであれば、ぼくらはもっと安全について継続的に関心を払っていたはずなのだ。

 ぼくらはあらゆる情報を知る努力をし、論議を尽くして今日の原発社会を選択したわけではなかったのではないか。ぼくらの社会にどのようなリスクがあったのだろうか。リスクは二つあって、一つは「ダモクレスクの剣」としての原発自体が持っているリスク、そしてもう一つは「第二のプロメテウスの火」としての原発を使わなかった時に想定されるエネルギー危機や地球温暖化というリスク。これらについて社会として真剣に論議・検証してきたのだろうか。これからどういう選択をするか。もちろん必ずしも二者択一のように単純化して考えられるとは限らない。しかしいずれにしても意識して選択をしなければならない。それはこれから日本だけでなく世界レベルで論議され選択されてゆくべきなのかもしれない。


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朝青龍とマグロとクジラ [Column Ansicht]

朝青龍とマグロとクジラ

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 友人と話すと「最近明るいニュースがないねぇ」というのが挨拶代わりのようになっている。確かにそんな感じもするが、考えてみれば今までだって、いつだってそんなだったような気がする。大体明るいニュースなんてそうしょっちゅうあるもんじゃない。逆に明るいニュースばかり毎日流れているとしたら、それはもっと恐ろしい世の中なんだと思う。戦前の日本なんて、毎日のように明るい勇ましいニュースが国中を飛び回っていたらしいし、きっと北朝鮮なんかのテレビも毎日明るい、勇ましいニュースに満ちているんだろう。

 メディアに乗せられるとロクなことはない。メディアの本質は今も変わらないというか、テレビの出現でメディアは以前にもまして直情的になっているかもしれない。ぼくらがある程度覚めた目で見てゆく必要があると思う。最近で言えば、朝青龍マグロクジラの報道については、受け取る側のこちらがどうも気をつけなければいけないように思う。テレビなどのマスコミにとってはこれらはいつだってほじくり返して話題づくりができるおいしいネタであることには違いないが、その底流に流れているのは日本人の世界に対する被害者意識を煽っているということだと思う。

 リヴィジョナリズムといわれたり日本特殊論といわれたりするらしいが、世界はどうせ日本のことは理解はできないのだという思いをどこかで煽りたてている。特殊論を振りかざせば、どこの国だって民族だって特殊でないわけはない。他と違うところがあるからこそ○○国や○○人というカテゴライズをしているのだが、それは理解不能とか共通性がないということとは違うのだと思う。その意味で言えば日本だって特殊であることに異論はない。異論はないが、同時にその特殊性をもつ日本という極東の国は、もはやそのアジアの片隅の地域だけで生きている国ではないという事実とどう折り合いをつけてゆくかということだ。

 それは文化の問題だという。たしかにそれは文化の問題に違いないが、これを機にぼくら自身がその文化を見つめなおすいい機会ないのではないか。ぼくらの文化の中のその特殊だと言われている部分を、ぼくらは本当に今でも生活の中に持っているのか。それは守ってゆくべきなのか。としたらそれは世界にどう説明してゆくのか。横綱品格がないというが、その横綱を選んだ横綱審議委員会の委員長はエビジョンイルと揶揄され企業における品格を疑われた人物だったような記憶もある。他人のことを言えた義理か、という感じもする。はたして朝青龍だけに非があるのか。日本人にとって品格とはなんだったのか、誰か朝青龍にちゃんと説明したことがあるのか。傑出した人物を石もて追い払ってしまったような気もする。

 マグロは日本の食文化というが世界の7割のマグロを日本人が食いつくす現状に目をつぶって、提案国のモナコだけを非難することはいかがか。クジラ騒動は多分に理不尽なところがあるし、牛や豚は頭が悪いから食べられて当然という暴論にも呆れるが、かつかつの食料自給率しかなく世界からの食料輸入でなりたっている国が、その食料の四分の一を食べずに捨ててしまっているうえにクジラまで手を出している。世界はそう見ているかもしれない。時間をかけてもこれらを世界に根気よく説明すると同時に、ぼくら自体ももう一度見直してゆく必要があるのかもしれない。


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  *ぼくは朝青龍が特に好きというわけではないし、すし屋に行けばマグロだって食べます。それにこの日本の文化と四季にあふれる風土が何よりも好きなことは人後に落ちないと思っています。しかし、今ぼくらの身の回りには価値観の異なる人たちが大勢生活し始めています。それはぼくらが世界を相手に生きている限り、ここだけそっとしておいてくれ、ということが通りにくくなっており避けて通れないことかもしれません。
 
 その波が職場だけではなく自分の町会やマンションの管理組合にいたるまでやってきて、日常のあたりまえのシーンになる時代がすぐ目の前に来ていると思います。これからぼくらがどういう社会を作っていくのかを考え、忍耐強く意思の疎通をしてゆくことが不可欠だと思っています。もう四十年以上も前にドイツで体験した、価値観の異なる人たちが社会に入ってきた時の人々のためらいと混乱が頭を離れません。


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