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[Déjà-vu] No.11 旅に出たいが… [Déjà-vu]

[Déjà-vu] No.11 旅に出たいが…


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 ■ 旅3 Arizona

 地平線へ一筋に道はのびている
  何も感じない事は苦しい
 ふり返ると
 地平線から一筋に道は来ていた

 風景は大きいのか小さいのか分からなかった
 それは私の眼にうつり
 それはそれだけの物であった

 世界だったのかそれは
 私だったのか
 今も無言で

 そしてもう私は
 私がどうでもいい
 無言の中心に至るのに
 自分の言葉は邪魔なんだ


   
(谷川俊太郎 詩集『旅』より)


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 前にも少し書いたけれど、旅から戻って少し経つとまたどこかへ行きたくなる。そういうのを放浪癖というのかもしれないけれど、ぼくのはそれともちょっと違う。放浪癖というのは山下清がそうであったように「放浪」すること自体が好きなのであって、定着することが苦痛なのだ。つまり、そこには定着イコール束縛という図式があるようだ。

 放浪する者にとってHOMEは息苦しいものであって帰るべきところではないらしい。ぼくは「放浪」と「旅」の違いは帰るべき日常があるか無いかだと思っている。そういう意味ではぼくには帰るべき日常があるし、日常こそ人生そのものだと思ってはいるのだけれど…。

 それどころか、旅に出たとたんに家に帰りたくなるし旅に出たことを悔やんだりするのだ。始末の悪いことに、ぼくは旅に出てもそれなりの日常を探そうとしたり、旅先で新たな日常を創り出そうとしたりする。ホテルの部屋につくなり、持ってきた物を置く定位置を探ったり、また来るかも分からないのに行きつけの店を作ろうとしたり…。だから、観光は余り得意ではない。ただ、いつもとは異なる場所で、朝飯を食ったり、本を読んだり、飲んだくれたりという日常を作りたいのだ。

 旅になんか出なくたって、君の周りに素晴らしい世界があるじゃないかと、ぼくの好きな画家たちが囁く。ボナールもハンマースホイもモランディもそしてワイエスも…。人生の大半をたった二か所で暮らしたアンドリュー・ワイエスはこう言う。「…このひとつの丘が私にとっては何千の丘と同じ意味を持つ。このひとつの対象の中に私は世界を見出す」と。

 写真家のソール・ライターもそうだったな。だから、旅に出て何か物珍しそうなものを探そうなぞとキョロキョロしているうちに人生は終わってしまうぞ、と。今は物理的にも身の回りのものに目を向けざるを得ない状況にもあるし、そういうライフスタイルが、そもそもぼく自身日常の些細なことが好きだという自分の性格にもあっているかもしれない。だから、しばらくは身の回りにもっと目を凝らして…広くよりも深く、 …ああ、でもやっぱり旅に出たいっ。


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[Déjà-vu] No.10 旅に出たい [Déjà-vu]

[Déjà-vu] No.10 旅に出たい

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 ■ 旅 1

 美しい絵葉書に
 書くことがない
 私はいま ここにいる

 冷たいコーヒーがおいしい
 苺の入った菓子がおいしい
 町を流れる河の名はなんだったろう
 あんなにゆるやかに

 ここにいま 私はいる
 ほんとうにここにいるから
 ここにいるような気がしないだけ

 記憶の中でなら
 話すこともできるのに
 いまはただここに
 私はいる

   (谷川俊太郎 詩集『旅』より)


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 毎日異常な暑さが続いている、ぼくがいつもパソコンを打っている二階の部屋は西向きなので午後になって西日がさして、さらに屋根裏に溜まった熱い空気がブロック高気圧のように停滞しもの凄い室温になる。この間は午後の3時で39.8度その後一瞬40.1度までなった。

 こうなるとエアコンをフル稼働させても中々温度は下がらないで、その時は二時間たっても33度までしか下がらなかった。カミさんは室温の上がらない涼しいうちからエアコンをつけておけというけれど、電気代のことを考えると二の足を踏んでしまうし、それにまだそれほど熱くなければ外気の入る状態の方が良いのだけれど…。(と、言っている間に熱中症になるのかも知れない)

 三匹の猫たちの暑さに対しての対応はまちまちだ。モモは35度くらいでも僕の部屋の机の上で寝ている。寒い国の猫のはずなのに大丈夫なのだろうか。ハルはいまどきの猫らしくエアコン好き。エアコンの吹き出し口の下などで寝ている。レオは暑がりだけどもエアコンが嫌い。エアコンをつけるとすぐ部屋を出て行ってしまう。

 だけど長毛種のペルシャだから暑いはずで玄関や風呂場のなどのタイルの上で寝ているから、夜は冷凍庫で冷やしておいたアイスノンをタオルにくるんで置いてやるとその上で寝ている。ぼくはと言えば病院でのリハビリと母の処を行ったり来たり、それ以外は比較的涼しい寝室で寝ころんで本を読んだりしているのだが、そろそろどこかへ行きたくなってきた。

 でも今は母のこともあるし、自分の脚の具合もあって旅にいける状態ではないのだけれど、そう思うと尚更のこと行きたくなるのだ。ぼくはウチにいても退屈するということは全くないのだけれど、そして旅に出ればすぐにウチに帰りたくなるのだけれど、放浪癖というのか暫く経つとまた旅に出たくなる。旅の代償行為として今は昔の旅の写真を引っ張り出しては眺めている。



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 *あ、丁度1000本目の記事になりました。今後ともよろしくお願いいたします。


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暑中お見舞い [新隠居主義]

暑中お見舞い

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 今年は関東地方は何だか異常に梅雨明けが早いようだ。とは言うものの、考えてみたらここのところ毎年のように「今年は何だか異常に…」と言うことが多くて、それになんか少し慣れっこになっていたようなところもある。ということは、こういうことがもう当たり前になりつつあるということなのか。それに自然災害の規模自体も起こるたびにじわじわと大きくなっているのも気がかりだ。ほんとに恐ろしいことだ。

 大体「暑中お見舞い」というのはいつ頃からなのかというと、諸説あるけど二十四節季からいうと小暑(七夕頃)から立秋までのひと月間位を言うらしいのだけれど、人によっては土用から立秋までという人も居れば、アバウトに梅雨明けから立秋までという人も居る。ぼくなんかの感覚からいうと、かっと暑くなる梅雨明けからというのが生活実感的にも分かりやすいと思うのだけど、今年みたいに梅雨明けが早くて、小暑を迎えないうちに梅雨明けとなるとまた考えてしまう。

 暑いから余り外に行かないというのもあるけど、それより痛みが酷くてちゃんと歩けないので家にいるということの方が当たっているかもしれない。先週、諸々の痛みの原因に加えて、歩くと踵も痛いのでレントゲンを撮ったら右足の踵に「骨棘(こっきょく)」が出来ていると言われ、要は踵の骨にとげ状の新しい骨ができていて、それが当たって痛いらしいのだ。

 という訳で、病院でのリハビリと母の見舞いに通いながら、あとは家でスマホで猫の写真ばかり撮っているというような状態。もちろん家でリハビリの「自主トレ」には励んでいるのだけれど、それとてすぐに効果が出るわけではないし、逆に張り切りすぎると今度はそれが原因で痛みが増す結果にもなり…さじ加減も難しい。

 家にいるおかげでしんまい猫のハルの様子もだいぶ良く分かるようになったし、時間がないので読まずに置いてあった本も少しは読めたのだけれど、やっぱり日本語学校に行ったり、美術館に行ったり、写真を撮りに行ったり、はたまた大好きな沖縄に行ったり自由に動けないというのは辛いものだなぁ。

 何とか頑張って秋風のたつ頃には…と思うのだけれど、そうすると意気込みだけが空回りしてすぐカミさんにも「そんなに焦ったってしょうがないでしょ」と…。ここはぼくがいつも言っている「三無主義」に従う他ないか。とにかく「がんばらない、くさらない、あきらめない」、これで何とかこの夏を乗り切りたい。


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 *今回の西日本を中心とする洪水等の災害にあわれた皆様に心よりお見舞い申し上げます。地震、洪水、土砂崩れなど日本中どこへ行ってもここは万全というところは無いことを痛感しました。これからは未曽有のとか、今までにないとかいう事態が自分とは決して無縁ではない時代になっており、それを頭において生活することが必要なんだと感じました。




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浅草寺 四万六千日 [Ansicht Tokio]

浅草寺 四万六千日


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 この間ちょっとしたことでお気に入りのグラスにひびが入ってしまった。気に入っていたやつなので捨てるに忍びなく、ネットで調べてみたらガラスの補修、リメイクをする店が浅草にあるということでリハビリを兼ねてカミさんと行ってみることにした。

 浅草寺は相変わらず外国人観光客でごった返していたが、それにしても平日なのに大変な人出。仲見世に入ってみて今日が四万六千日ホウズキ市なのに気づいた。どうりで、人が多いわけだ。

 四万六千日といっても外国人観光客には何の事だか分からないだろうけど、こっちもついぞそのことを忘れていた。浅草寺にとっては毎月9日、10日が功徳日で、その中でも7月9日、10日はお参りすると四万六千日お参りした分の功徳があるという。

 日本人のこのアバウトでご都合主義的宗教観はぼくは嫌いじゃない。目くじら立てて宗教論争に明け暮れ、果ては殺し合いまでするようなことまで考えると、アミニズムの要素も含んだおおらかな日本人の宗教観はひとつのあり方だと思う。

 それはそれで良いんだけど、歩いているうちにかなり脚が痛くなり用を済ましたら、結局松屋の上の食堂でうどんを食べて早々に戻ってきた。歩いたのは全部で5000歩位なのだけれど、まだまだリハビリが必要な感じ。

 肝心のグラスの補修は結局、フチにひびの入った部分をカットしてグラスを短くするしか方法がないということで、それでお願いをした。好きだったグラスの形は変わってしまうけれど、引き続き使えるのは嬉しい。注文が多いらしく出来上がるまでひと月ちょっとかかるらしいけど、どんな風になるのか…。

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 *ここのところ脚が辛いので重いカメラを持って歩く気にはならず、スマホばっかりで写真を撮っています。昨日も浅草でスマホで撮ったのですが、最近のスマホはほんとによく映るのでカメラメーカーも大変だなぁ、と思ったりして。




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猫を巡るアフォリズム Aphorisms on Cats ~その35~ [猫と暮らせば]

猫を巡るアフォリズム Aphorisms on Cats ~その35~

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 ■ 「にゃ~」は心のマッサージ (スチュアート・マックミラン)
   A meow massages the heart.   (Stuart McMillan)


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 考えてみたらもう十年以上も子猫を飼ったことがないもんだから、子猫がどんなものか忘れかけていた。ハルはウチに来た直後のこの春にはもう二歳になったのだけれどいまだに子猫という感じで、とにかくよく眠りよく遊ぶ。十一歳と十二歳になった先輩猫たちが一日中寝ているばかりというのに対しハルの活発さが目につく。

 これも子猫の特徴である何にでも興味を示すというのが、これまたハンパない。動くものはもちろん何にでも跳びかかってゆくし、カサカサという音がするので何かと思ったら、室内の観葉植物の枯れた葉をどこからか見つけてきてはこねくり回して遊んでいる。かと思うと、遊んでやろうと思って猫のおもちゃを取りに行って戻ってくると、さっきまで一心不乱に遊んでいたのにもうぐっすりと寝ている。

 そうこうするうちに段々とレオモモの子猫の頃を思い出してきた。甘噛みされても結構痛い、鋭い子猫の歯。やはり剃刀のように細くて鋭利な子猫の爪。どれももうすっかり忘れていたのだけれど…。ハルがウチに来て他の猫と一番違うことは殆ど、というかまったく鳴かないことだ。レオやモモは今でもよく鳴くし、それは今は言葉のように何かしてほしい時の合図でもある。

 でも、ハルは鳴かない。正直言ってそんなこともあってかぼくとの意思疎通も今ひとつなのかもしれないのだが。ハルはペットショップから里親で引き取ってきたときにかなりひどい角膜炎に罹っていたのでかかりつけのペットクリニックに連れて行って診てもらうのだけれど、何回目かの診察にいくとき外出用のバスケットに入るのを極端に嫌がった。

 なんとか捕まえてやっとのことでバスケットに押し込み車の助手席にそれを乗せた。車が走り出すと、ハルが消え入りそうな声で「にゃ~」と鳴いた。あ、鳴くんだ。そして暫くしてからもう一度今度はもっとはっきりと「にゃ~」と。それは普段のやんちゃさから想像もしてなかった可愛い泣き声だった。余程心細かったのだろう。でもその「にゃ~」はぼくの心をわしづかみにしてしまった。 猫というのはつくづく只者ではないなぁ。


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そうっと、そっと [新隠居主義]

そうっと、そっと


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 ■そっと うた

 そうっと そっと
 うさぎの せなかに
 ゆきふるように

 そうっと そっと
 たんぽぽ わたげが
 そら とぶように

 そうっと そっと
 こだまが たにまに
 きえさるように

 そうっと そっと
 ひみつを みみに
 ささやくように

  (谷川 俊太郎「自選 谷川俊太郎詩集」岩波文庫)


 の写真は結構撮っていると思うのだけれど、正直言って中々これというものは撮れていない。尤もそれは母の写真だけでなくて、写真全般についてもいえるのだけれど…。その中でこの一枚は良く撮れたというより、自分の好きな写真の一枚といった方がいいかもしれない。ピントは甘目だけれど、母とひ孫の視線が合ったところを捉えられたのがよかったかと。

 母は今、点滴だけでかろうじて命を繋いでいる。意識も大抵は朦朧としていてたまに目を開ける程度だ。もし夢を見ているとしたら、いい夢を見ていてほしいと切に願うのだけれど。写真を撮ったこのときはまだ母も多少元気な頃で、兄の娘夫婦が子供を連れて遊びに来た時、つまり母のひ孫を連れてきたときのものだ。

 ひ孫に限らずもう永いこと赤ん坊の姿を間近で見ていないこともあってか、最初は少し戸惑い気味だったけれど慣れてくるにしたがって目を細めて見るようになった。その内車椅子にのった母の膝にひ孫をのせてやると、まるで大事な壊れ物でも抱えるように「そうっと、そっと」、でもなんとも愛おしそうに眺めていた姿が、とても印象的で今でもぼくの目の奥に残っている。




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[Déjà-vu] No.10 夜の匂い [Déjà-vu]

[Déjà-vu] No.10  夜の匂い

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おお 、人間よ! しかと聞け !
深い真夜中は何を語るか?
「わたしは眠りに眠り- 、
深い夢から 、いま目がさめた 、-
この世は深い 、
 『昼 』が考えたよりもさらに深い 。
この世の嘆きは深い-
しかしよろこびは - 断腸の悲しみよりも深い 。
嘆きの声は言う 、 『終わってくれ ! 』と 。
しかし 、すべてのよろこびは永遠を欲してやまぬ - 、
深い 、深い永遠を欲してやまぬ!」

O Mensch! Gib acht!
Was spricht die tiefe Mitternacht?
≫Ich schlief, ich schlief -,
Aus tiefem Traum bin ich erwacht:-
Die Welt ist tief,
Und tiefer als der Tag gedacht.
Tief ist ihr Weh-,
Lust-tiefer noch als Herzeleid:
Weh spricht: Vergeh!
Doch alle Lust will Ewigkeit-,
-will tiefe, tiefe Ewigkeit!≪

(ニーチェ『ツァラトゥストラはこう語った』第四部「酔歌」より/氷上英廣訳)


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 旅をしていると、いろいろな土地に行くたびにその土地特有の匂いがすることに気付く。もちろんそれは国境を越えたとたんに現れてくる類のものではないかもしれないが、例えばいきなり遠く離れた土地の飛行場に降り立った時など、それが急に襲いかかってくることがある。

 その匂いを嗅いだものにとっては、それはその土地を代表するものとして長く記憶に残るのかもしれない。一説によると脳において匂いと記憶を司る領域は隣接していて、それゆえ匂いには記憶を呼び覚ます力があるという。

 ぼくは今はその嗅覚自体が無くなってしまったのだけれど、考えてみるといまだに幻聴ならぬ幻嗅に襲われることがあり、それは例えばテレビで火事のシーンが流された時など一瞬焦げ臭い匂いを感じることがある。嗅覚がないにもかかわらず、である。

 まだ匂いが分かる頃にも、香しい焼きたてのパンの香りがすると若いころ早朝にウィーンのオーパーリンクの地下道を歩いている瞬間を思い出し、それは匂いだけでなくその時の自分の着ていた洋服まで浮かんでくるのだ。その土地の匂いがあるように、一日の中にも匂いの変化があるように思う。朝には朝の、昼には昼のそして夜には夜の匂いがある。

 それはその土地の特有の匂いに時間的要素が加わった言わば重層的な匂いと言えるかもしれない。ベトナムを旅した時にはもうぼくに嗅覚は無かったけれども、ホイアンでは南国のムッとしたような夜の空気のよどみの向こうに昼間の喧騒の埃の残滓と強烈なスパイスの混ざったような夜の香りが想像できた。

 まだかろうじて匂いの分かった頃に感じたリスボンのホテルのバーでの女の香水の残り香とジンの香り。石垣島の川平(かびら)の暮れなずむ田舎道で感じた潮の香りと雨上がりのサトウキビ畑の赤土の匂いが入り混じったような匂い等など。現実の匂いはぼくにはもう戻ってこないみたいだけれども、その時の写真を見ると沢山の匂いが頭の中に微かながらたちこめてくるような…。それも何故か夜の匂いの方が明瞭に立ち上がってくるのだ。


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*2005年にこのブログAnsicht05を始めてから気が付いたらもう13年になろうとしています。その間にアップした記事ももうすぐ1000本になるということで、全てに飽きっぽい自分としてはこれは上出来なことなのだと…。

そして先日、ご覧いただいた総閲覧数がいつの間にか300万になっていました。ご覧いただいた皆様に感謝です。これからもマイペースでできる限り続けてゆきたいと思っていますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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記念日 [新隠居主義]

記念日


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  離婚届

 おまえに黙って区役所にゆき
 ぼくは離婚届の用紙をもらってきた
 おまえが眠ってしまったあとで
 うすっぺらのその紙に
 ぼくは憶えているだけのことを書きこんだ
 七年前の二人の結婚式の日付も
 あの日は底ぬけにいい天気で
 ぼくらは教会の芝生の上で写真をとった
 それからぼくはその紙でヒコーキを折った
 うすいのでそれはちっとも飛ばなくて
 眠っているおまえのお尻の上に墜落した
 もういちどその紙をひろげ
 ぼくは自分の几帳面なペン字をみつめた
 それを丸めて便所に捨て
 ぼくは眠った
 おまえの隣で

  (谷川俊太郎 「東京バラード、それから」)


 この間断捨離をしていて、新婚旅行の時にカミさんと撮った写真が出てきて、ああ、お互いにエラくくたびれたもんだなぁ、と思わずため息が出てしまった。おいおい、ぼくなんかベルボトムのジーンズにボーダーのシャツ、それにパーマのロンゲ。きっと会社の中でひんしゅくをかっていたのも分からなかったんだなぁ。なにしろ会社訪問にバラの花柄のシャツを着ていったのだから。何も分かっていなかった。就職して翌年に結婚。職場の上司に仲人を頼んだのだけれど、ぼくが決めた結婚式の日どりが本社の創立記念日の日だった。お蔭でいまも結婚記念日は忘れないけど…。

 いったい君は何を考えているんだと言われたけど、入社して即設立間もない外資系の会社に出向させられたぼくとしては、本体の創立記念日など知るよしもない。でも上司は仲人を引き受けてくれて、当日本社の創立記念式典にも出たのかちょっと遅れて結婚式場に来た。式の時間になってもなかなか現れない仲人をぼくは式場の入り口で間の悪い落語家みたいに紋付き袴で扇子を握りしめて待っていた。

 それからずっと同じカミさんと暮らしている。それは当たり前のようで当たり前じゃないかもしれない。その間カミさんはごく短い期間を除いてずっとぼくの両親と同じ家に住み家を守ってきた。ぼくはぼくなりに頑張ったつもりなのだけれど、ほとんど家には居なかったので今こうしてみるとぼくがもっと気遣うべきことはたくさんあったような気がする。

 ま、それもこれもあったけど会社を辞めたとたんに離婚届を突き付けられなくてよかった。と言いつつも何も改心していない自分が居たりして、これじゃいかんと思ったり…。でも、お互い人生そう残りは長くないのだから言いたいことを言い合って暮らしてゆきたいなぁ。その内、お互い耳も遠くなるから喧嘩にもなるまい。これからも、よろしくの43年目。




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[Déjà-vu] No.9 もの想う海. [Déjà-vu]

[Déjà-vu] No.9  もの想う海


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  …ここ2年ほど、私にとってサンタクルスという地名は特別なものだった。ここ二年…それは私が「檀」という作品に取り掛かっていた時期というのと同じことでもある。檀とは、作家の檀一雄の姓を意味するが、サンタクルスは、六十を間近にしたその檀一雄が、一年余り暮らした町なのだ。檀一雄はサンタクルスの海辺に家を借り、女中を雇い、酒場に出入りし、土地の人と付き合って楽しい日々を過ごした。「来る日、去る日」というエッセイにはこう書かれている。《短い一年のあいだに、これほど集約的で、これほど生一本な、友愛を浴びた時期は、ほかにない》…

  (沢木耕太郎「1号線を北上せよ」鬼火より/講談社)

  沖縄に行けなくなって、もう長いこと海を見ていない気がした。実のところそんなに長い間ではないのだけれど、もうずっと、という感覚がある。自分の撮った海の写真を見ていると色々なことが浮かんでくる。その中でもこのポルトガルのギンショ海岸の海は格別の思いがある。

 リスボンから殆ど真西に30キロほど行った北大西洋に面するギンショ海岸にぽつんと一軒だけホテルが建っている。昔の砦を改装してつくったホテルなのだけれど、そのレストランから眺めた海は一見どうということもないのだけれど、テーブルに腰かけてじっと見ているとじわじわと感慨が湧いてくる。

 視線をずらしてずっと右の方を見やると「ここに地果て、海はじまる」と詠われたヨーロッパ大陸の最西端のロカ岬がある。そしてその遥か先には檀一雄がいっ時暮らしたサンタクルスという小さな村がある。そこに檀が暮らしたのはほんの一年くらいのことだったらしいのだが、彼にしてみれば、もちろん書くために現実から距離を置くという必然性はあったものの、それは浦島太郎が竜宮城に暮らした日々のように淡い想い出の日々になったのかもしれない。

 ■…ポルトガルにやってきて、あちこちおよばれに出かけてゆく。例えば誕生日だとか、何だとか…。するとまったく例外なしに「コジドー」と「バステーシュ・ド・バッカロウ」というご馳走が出される。「コジドー」というのは「煮る」ということで、煮物は何でも「コジドー」のはずだが、客を呼んで「コジドー」といったら、大体様式が決まっている。

…「バステーシュ・ド・バッカロウ」は、干ダラとジャガイモとタマネギを卵でつなぎ、パセリを散らしながら揚げ物にした至極簡単な料理であって、これなら、はなはだ日本人向きだ。殊更「馬鹿野郎のバステーシュ」と聞こえるから、みなさんもせいぜい馬鹿野郎(干ダラ)を活用して、愉快なポルトガル料理を作ってみるがよい。子供のオヤッによろしく、また酒のサカナに面白い。…
 
(檀一雄著「檀流クッキング」冬から春へ/中公文庫)

 檀はサンタクルス村に滞在している時は自分の名前と同じというのが気に入ってかDaoワイン(ダンと読む)ばかり飲んでいたらしい。それはワインの銘柄ではなくて産地の名前らしいのだが、このホテルのレストランでそのダン・ワインのご相伴にあずかったのだけれど、さっぱりとして美味しい白ワインだったのを覚えている。

 ただ波の音だけが聞こえるこのホテルで落日を迎えるまで日なが一日ほろ酔いで過ごせたらいいだろうなぁ。サンタクルス村には今、檀が残した句の碑が立っている。

 落日を 拾いに行かむ 海の果て


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Baby Gang [猫と暮らせば]

Baby Gang

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 里子を引き受けた2歳のアメショーのハルが来てから三ヶ月ほど経って、ハルの姿が日常の視界に常に入っているのが当たり前の生活になった。

 

 ぼくの方はすっかり慣れたのだけれど、レオモモの二匹の先輩猫はなかなかそうもいかないみたいだ。ハルと他の二匹とは10歳近い歳の差があるので、その持っているエネルギーの差は歴然でそれがどうも鬱陶しいらしい。

 

 クロがいるときは、三匹でも皆一歳づつの違いで歳もそうかわらないから多少の小競り合いがあったとしても、まぁ大人の関係ではあった。ずっとそういう生活をしている中に、エネルギー満タンの若猫が入って来たので、しかもそれが遊びの天才みたいなアメショーだから余計に大変なのかも知れない。

 クロとモモの雌猫同士の小競り合いには、あまりに見かねるとレオが割って入って大抵は収まっていたのだけれど、この間ハルとモモの間にそうやって割って入ろうとしてハルの反撃を受けてしまった。それ以来ちょっと腰が引けている。とはいえ、一応我が家のボス猫としての自負?をもっているレオとしては、ハルとモモのいざこざがあまり長く続いてる時には近くにやってきて、一応目は光らせている。

 ハルが遊びたくて追いかけているのか、2歳の雄だから挑戦的なんだかよくわからないけど、モモなんかと目が合うと跳びかかろうとする。ネットなどでいろいろ調べてみたけど、そういう時ハルの方を叱ってはいけないとか、下手に手を出すとこちらも巻き添えを食うから手を出すな…とか。面白かったのは睨み合った時には間にボール紙をおいて視線を遮るといい、というもの。ちょっとやってみようかと思う。ここしばらくはこのBaby Gangのご乱行が続きそうだ。

 


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 *ハルがウチに来た時にはひどくなっていた角膜炎もペットクリニックで診てもらって目薬をさしているのでかなり良くなってきているんですが大暴れして目薬をさすのが大変で、最近は目薬の袋を持っただけで逃げ出してゆくので毎回苦戦しています。


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QOL [gillman*s park 18]

QOL

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 QOL(Quality of Life)という言葉がある。言葉自体は何となく知ってはいたけれど実のところそれがどういう意味を持っているかは、あまり関心もなかったし知ってもいなかったように思う。LIFEという英語は日本語に直せば「生命」と「生活」という両方の意味を持っているのだけれど、ここでもその両義を備えている。

 つまりQOLとは「生活の質」であり、同時に「生命の質」でもあるようだ。もちろん「生命」に上等も下等もないわけだけど、それは究極的には自分の命がどこまで自分の望む在り様に沿っているかということかもしれない。そういうことでは、平常時や若い時はQOLとはあくまでも「生活の質」であって、「生命の質」という差し迫った意味は薄い。

 でも加齢や病気によって、LIFEの選択肢が極めて狭くなってきたような状況においてはそれは同時に「生命の質」ということを意味するようになる。たとえば治療方針で、例えば延命策において本人が「命」と「生活」についてどう考えているかが大きな意味をなしてくると思う。

 もちろん、それはあくまでも本人が自身で決めることで他が決めることではない。もしそれが、つまりその人のLIFEの意味を他人が勝手に決めるとすれば、それはこの上なく恐ろしいことだ。今回ののことも母がまだしっかりしている頃に話し合って決めていた。こう書くとなんか極めてドライな決め方みたいに見えるかもしれないけど、それは母が長いこと老いや衰えと向かい合ってそれこそ自分なりのQOLを想定していたからだろうと思う。それはぼくらも尊重しなければならない。

 今の母ほどの差し迫ったQOLではないのだけれど、ぼく自身も今はそのことが大きな関心事になっている。「生活の質」という意味でのぼくの今のQOLの評価は、嗅覚がゼロ、食物がのどを通りにくいので特に朝の食事に苦労している、歩行に痛みが伴う等決して良い状態ではない。

 先日、転院した病院で三度目の手術を打診されたけど今は暫く様子見をしている。やりたいことは山ほどあるのに自分の身体的な要因のせいで選択肢を狭めなければならないのは何とも辛いのだけれど…。まだ、早急に選択肢を狭める気にはならない。

 この一年は70歳の節目でいろいろなところで年齢の影響が顕著になってきているみたいだ。しかしまだやりたいことの選択肢を捨てる気にはならないので、これからまず身体のオーバーホールに専念してなんとか…と。そんなぼくの今のQOLを内側から精神的に支えてくれているのはカミさんの心遣いと、公園の散歩だ。公園のまぶしいような新緑は心にエネルギーを充填してくれている。


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不器用でタフな人達 [下町の時間]

不器用でタフな人達


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 ■ 思い出リミックス1

 家々の裏口におかれていた
 黒いゴミ箱はいつ姿を消したのか
 東京ではゴミはもう大地に帰れずに
 煙となって昇天する
 泣きながら捨てたものも
 怒りのあまり捨てたものも
 取り返すすべはない
 だが心に溜まったゴミは
 澱となって沈殿している
 透き通る思い出の上澄みの下に
 今も

   谷川俊太郎東京バラード、それから」幻戯書房



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 親父は下町の千住でずっと菓子屋の町工場をやっていた。もとは菓子屋で職人の丁稚奉公から始めて所帯をもってから独立した。だからぼくの子供の頃の遊び場といえば近所の原っぱか工場の中というのが普通の暮らしだった。ぼくが物心ついた頃には従業員も何人もいて彼らは住み込みと通いの人に分かれていた。

 親父は「ダンナさん」と呼ばれて、お袋は「おカミさん」と呼ばれていたけれど、親父は根っからの職人だから工場に入りきりだし、お袋は工場で手仕事をすると同時に数字には疎かった親父に代わって会社の資金繰りや毎月の従業員の給料などの面倒はもっぱらお袋が頭を痛めていた。

 そういう風にお袋もたいてい工場に入っていたから、家には女工さん兼お手伝いさん(当時は女中さんと言っていたけど)が居て、お袋が忙しい時などはぼくの遠足の付き添いは彼女が代わりに行くことも多く、小学校の遠足等の写真にはお袋が写っていないで女中さんが写っていることもあった。

 ぼくが高校を出る頃までは家に住み込みの職人や女中さんが居たので、いわば小さな家での集団生活みたいな感じがあった。住み込みの職人は地方から集団就職で来たり、親父の田舎関係から来たり様々だったけれどみんな若かったから色々なトラブルも多かった。通いの渡り職人みたいな目上の人たちとの折り合いが悪かったりして大喧嘩になったこともあった。

 昔は休みと言えば月に二回くらいの日曜休みがあるくらいで、ずっと工場の中で顔を突き合わせているからストレスもあったのだろう。みんな朴訥でストレートだから人間関係には親父もお袋もいつも気をつかっていた。特に住み込みの職人(「若い衆」といっていた)は中学卒業後からずっと同じ一つ屋根の下で暮らしているので、一緒に住んでいるぼくら自分の子供達との関係とか、思春期の彼らの扱いとか色々なことにも何くれとなく面倒をみなければならなかったと思う。

 親父もそうだけれど他のみんなもいわゆる職人だから、人付き合いなんかはどちらかというと不器用な感じだけれど反面、昭和という激動の時代を生き抜く、へこたれないタフさも持っていたような気がする。みんなその後菓子屋で独立したり、転業したりしながらも所帯を持ち、子供を育て立派に生きてきた。親父が高齢で菓子屋をやめた後も正月などには挨拶に来る律義さも持っていた。ぼくの目の底には今もそういう不器用でタフな人達の姿がはっきりと刻み込まれている。


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 *平成も今年限りで終わることが決まり、昭和はますます遠くなりその記憶も当然段々と希薄なものになってゆくのでしょうね。これからはもっと複雑で先の見えない世界に突入してゆくと思うんですが、そんな時だからこそ子供の頃に見聞きした人たちのタフさがまぶしく見えます。彼らの姿はぼくにとって「透き通る思い出の上澄みの下に」沈殿している澱などではなく、勇気づけられる力強い想い出そのものです。


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時間 [新隠居主義]

時間


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 日々枯れてゆく親の命を傍でただ見つめているというのはとても辛いものだ。突然意識を失って心肺停止状態になったのだけれど、人工呼吸などで蘇生して以来ずっと点滴だけで命を繋いでもう70日以上になる。九十八歳という高齢なこともあって元のように回復して自分で食べられるようになる見込みはないので、が少しでも苦しくない日々を送れるように環境を整えてやることが今のぼくにできる全てだ。その日は明日来るかもしれないし、それまでにいくつかの季節が過ぎてゆくのかもしれない。

 片手で持ち上げられるくらいに小さくなってしまった母をぼくはまるで壊れ物でも触るようにそっと撫ぜてみる。こんな時は男って駄目だなぁ、ほんとうに。一方、カミさんは顔を近づけてゆっくりと、でもごく普通みたいに話しかけている。それで反応はちゃんと返ってくるのだ。前かがみになって母を覗き込んでいると、直ぐにぼくの腰と股関節が悲鳴をあげる。暫し脇の椅子に座ってベッドの母とカミさんの姿をちょっと遠目から眺める。

 そこにはぼくが知っていた、もしくは知っていたはずのものとは異質な時間が流れていた。カミさんが嫁に来て四十数年、ごく短い期間を除いてずっとぼくの両親と一緒に暮らして来た。その間、ぼくは会社を辞めるまで仕事の忙しさにかまけて家のことはカミさん任せにして来た。もちろん、ぼくの中では家族のため、そして自分自身が社会や会社の中でとにかく生き残ることに精一杯な中で、ぼくなりに家のために出来ることはやってきたという自負はあったのだけれど…。

 でも、ぼくが家に居ない間そこにどんな時間が流れていたのか、ぼくは本当は知らなかったことを思い知った。勝気な一方、極端に自分の身体の事を心配する質(たち)の母は、若いころからそうだったのだけれど、特に晩年は次から次へと病院めぐりを繰り返し、それにカミさんはずっと付き添っていた。もちろん良い時ばかりではなかった筈の長い長い濃密な時間の果てに辿り着いた今があって、それがぼくがちょっと近寄り難い空気の正体なのだとその時あらためて気がついた。


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猫を巡るアフォリズム Aphorisms on Cats ~その34~ [猫と暮らせば]

猫を巡るアフォリズム Aphorisms on Cats ~その34~


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  ■ 嘘とは猫のようなものだ。 ドアから出て行く前に止めなければならない、さもないと捕まえるのはかなり難しい。(チャールズ・M・ブロウ)
  A lie is like a cat: You need to stop it before it gets out the door or it’s really hard to catch.(Charles M. Blow)


 どこかの偉い人、もしくは偉そうな人達は今、つくづくこの名言を噛みしめているかもしれない。一旦嘘をついてしまってから「憶えていない!」ではもう追いつかない。猫はそこらじゅうを走り回っているのだ。「記憶にない、憶えていない」を連発できるのは、もう生理的にも記憶が本当に危ないぼくたち老人の特権なのだから、それを現役の頃から濫用されては困る。

 きっと、ちゃんと嘘をつくには実に記憶力と洞察力と気力がなければできないことなのだ。どこで、どういう嘘をついたかちゃんと覚えていないと後で整合性がとれなくなってしまい、自分の中でも論理破綻してしまうのだろうが、そこはそれ頭のいい人達はそんな状況に陥らない自信があったのだろうなぁ。しかし、メディアの発達した現代では写真やメールや録音、場合によっては監視カメラだって…。大変な時代になった。


 肝心の猫の方だけど、ウチでは猫は室内飼いで一切外には出さないのだけれど、本当は田舎暮らしのように窓を開け放って出入り自由の飼い方にしたいのだが都内だから車にひかれたり他の猫からの伝染性の病気のことなど考えるとどうしても室内飼いになってしまう。

 昔、白猫のタマを飼っていたころは何かの拍子に玄関やベランダから跳びだしてそのたびに大騒ぎになった。自分でそのうち戻ってくれば良いのだが、めったに外に出ることがないので一旦外に出ると気が動転して自分の家もぼくの顔さえもわからなくなってしまう。車の下や塀の隙間に逃げ込んで何時間も出てこない。

 正月や真冬の寒い時にも脱走事件があって閉口した。そのたびにぼくが引っ掻かれて手が血だらけになって引きずり出すのだけれど、その間ばあさん(母)はオロオロ、カミさんはそのばあさんをなだめるのに一苦労だった。そのうちばあさんが車いすになったり、体の具合に合わせて家のリフォームを重ねるうちにテラスに金網をつけるなどして今は脱走騒ぎは無くなっているけど…。猫も嘘も一旦跳びだしたら厄介だということかな。



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断捨離 [新隠居主義]

断捨離


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 ここ数年、断捨離と称して三十年分の文芸春秋を処分したり、押し入れや天袋を覗いて昔のダンボール箱を開けてみたり…そのたびに何かしら昔の捨てたはずのもの等が出てきたりして片付けは一向にはかどらない。先週は古びたダンボールの中から1964年の東京オリンピック大会の新聞のスクラップが大量に出てきた。

 閉会式の日の新聞の一面は閉会式の模様と当時の池田首相が病気で辞任するかどうかというような記事。オリンピック種目では体操女子のチャフラフスカ選手の写真のスクラップがたくさんあったのでその頃のぼくは彼女に夢中になっていたのかもしれない。よくは憶えていないのだけど…。

 昨日、ぼくのブログのサイドバーに載せている「I remember...」に4月29日がアルフレッド・ヒッチコックの命日なのでその記事を書いていて、そう言えば大昔ヒッチコックの写真を表紙に載せた映画の同人誌みたいなものを創ったことがあったんだけど、あれってどこかにまだあるのかな、と気になって今朝起きるなり部屋の天袋や地袋を探してようやくそれが二冊残っていたのを見つけ出した。


 もう三十年くらい昔になるけど、ぼくが以前勤めていた会社の企画部門に居た頃、会社の映画好きの数人の仲間と映画の同人誌を作ろうという話になった。彼らと退社後会社の近くの飲み屋で飲んでいるとき、上司の悪口なんかより映画の話の方が盛り上がっていたのでそういうのを何か形にしたいねとは話していた。

 話を切り出した手前とりあえずぼくが編集長ということになって原稿の準備に入ったんだけど、「編集会議」と称する飲み会は毎回盛り上がるんだけど、ちゃんと原稿を出して来たのは一人くらいであとは一向に原稿が入ってこない。春ごろから始まって夏過ぎても原稿はパラパラ状態。このままでは飲み屋でのただの戯言になってしまう。

 結局ぼくの方で「編集会議」を座談会風にテープ起こしをしたり、他の人の分の穴埋め原稿を書いたり、はては表紙のデザインもやって、大学時代の印刷業の友達や製本屋の友達に格安で作業を頼んだりして、年末にやっと本が完成した。その後も仕事の忙しさにかまけて、この「AMENIC」は創刊号だけで終わってしまったんだけど、その二冊がまだ残っていて押入れの奥から出てきたと言う訳だ。今読んでみるとちょっと恥ずかしいくらいだけど、あの頃が一番楽しかったのかもしれない。


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 *最近は世界遺産や京都観光など「○○検定」というのが盛んですが、このAMENICの中でもお遊びで映画検定的なものにチャレンジし、それにたいする傾向と対策と称して例えば下のような問題集もいれました。今となっては、いささか作品が古いので恐縮です。

【設問2】左の作品の原語タイトルを右の中から選びなさい。(各1点=10点)
1.大いなる西部            A.WITNESS OF THE PROSECUTION 
2.明日に向かって撃て!   B.SUDDEN IMPAKT
3.情婦                       C.WATERLOO BRIDGE
4.ダーティーハリー4      D.BUTCH CASSIDY AND THE SUNDANCE KID
5.遊星Xからの物体       E.BONNIE & CLYDE
6.哀愁                       F.THE BIG COUNTRY
7.俺達に明日はない      G.THE THING
8.出逢い                    H.ON GOLDEN POND
9.黄昏                       I.THE SECRET OF MY SUCCESS
10.摩天楼はバラ色に     J.THE ELECTRIC HORSEMAN

**同人誌のタイトルの「AMENIC」はCinemaの逆さに読んだアナグラムです。なんともイージーなネーミングでした。
***JTIというのはJapan Total Image Instituteというその時の同好会の大仰な名前でした。ロゴまで作ったりして…。

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咲いたね~ [猫と暮らせば]

咲いたね~


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  今年の桜の時期はあっという間に過ぎ去ってしまった。と言ってもぼく自身は今年は母のことや自分自身の体調不良もあってお花見自体をすることができなかったこともあるし。十年近く前に結婚三十年を記念して近くの公園に植えた桜の木の苗木がもう大きくなってその下でお花見ができるまでに成長したので、数年前から桜が咲くとその下でお花見をするようになったのだけれど、今年はそれができなかった。

 母の今後の介護や医療の体制を何とか整えたと思ったら、ぼくの方がひどい風邪にかかってしまい今も咳が抜けきらない、そのうえ先週からぎっくり腰らしく一昨日からは歩くのも辛くてベッドに寝ていた。気のゆるみで疲れが出たのだろうと思うけれど、基本はこちらも歳をとったということだと思う。


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 と言う訳で桜を見ずして新緑の季節を迎えてしまうという何とも残念なことになってしまったのだけれど…。桜は見逃してしまったのだが、ウチの出窓の下に昔植えた花海棠の木が満開の花をつけたのを見られたのはうれしかった。花海棠はリンゴの一種で花は濃いピンクで一見すると八重咲きの桜のようだ。開花時期もソメイヨシノの散った後八重桜と同じような時期に咲く。

 桜が散って数日また暖かい日が続いた朝、窓の外を見るとその花海棠が満開になっている。家の窓には網戸が付いているので、その網戸越しに見るのだけれど、それがまるでシルクスクリーンを通して見たようにおぼろげで、ぼくはこの光がまた好きなのだ。

 お~、咲き始めたな、と思ってスマホのカメラを向けると、ハルが「どれ、どれ」という風に出窓の上に跳んできた。次の瞬間、あのレッサーパンダの風太君のように後ろ足ですっくと立って、「わぁ~、咲いたねぇ」と外を覗き込んだ。ハルもすっかりウチの猫になって、何て嬉しい光景だろう。こういうお花見も悪くはないなぁ。



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気持ちの引き出し [新隠居主義]

気持ちの引き出し

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 写真を撮る者の性みたいなもので、雪が降ったと言っては、桜が咲いたと言ってはカメラを担いで飛び出したくなるみたいだ。それはすごくエキサイティングで楽しいことだし、今度桜が咲いたらもっと違う切り口で撮ってみせるぞ、みたいな先への楽しみも生み出してくれるのかもしれない。

 絶景や決定的瞬間をものにできたときの喜びはいかばかりのものか。ぼくにはそんなショットは正直一枚もないけど、かといってそれで落胆しているというわけでもない。最近、遅ればせながら写真が巧くなりたいと思うようになったのだけれど、それはなんとかもっとその時の自分の気持ちが写らないものかと思うようになったからだ。

 ぼくにとって写真は昔からいわばぼくの気持ちの引き出しみたいなものだから、仕事を辞めてから今度はデジタルで写真を撮り始めた時もそんなことが頭から離れなかった。もちろんすばらしい景色を撮ったり、友人たちと撮影に行くのもそれはそれで無上の喜びなのだけれど、できれば後でその時の写真を見てそのときの自分の気持ちがよみがえってくるようなものにしたいのだけれど…。

 ぼくは絵画で言えばボナールのようなナビ派的な一面を持っている写真家のソール・ライターが好きなのだけど、彼のこの言葉も大好きだ。

  写真はしばしば重要な瞬間を切り取るものとして扱われたりするが、写真とは本当は終わることのない世界の小さな断片と想い出なのだ。(ソール・ライターの全て/急がない人生で見つけた13のこと)  
 Photography are often treated as important moments but really they are little fragments and souvenirs of an unfinished world.(All about Saul Leiter/In No Great Hurry)

 で、今までの自分の写真を見直していくと中には確かにその時の自分の気持ちが何となく写っているような気がするものもあるのだけど、何か大事なものが欠けているような気がしてきた。それはもしかしたらライターの言うsouvenirs of an unfinished world、つまり延々と続く日常の中の想い出(彼はスーベニアという言葉を使っているけど)の瞬間みたいなものが表現されていないからかもしれない。

 それにはまずは今のぼくには欠けている技術的なものがしっかりとしていなければならないのは確かだけれど、もう一つはぼくのものの見方自体の問題がありそうだ。もっと腰を据えて自分を取り巻いている世界に目を向けて、そこにこの世界のスーベニアの瞬間を見つけるようにしなければならないのかもしれない。ライターはこうも言っている。

 重要なのは、どこで見たとか、何を見たとかいうことではなく、どのように見たかということだ。(ソール・ライターの全て/急がない人生で見つけた13のこと)
  It is not where it is or what it is that matters but how you see it.(All about Saul Leiter/In No Great Hurry)

 自分の人生が終わるまでに何枚かそんな写真が撮れたらいいのだけれど…。


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生命 (いのち) [新隠居主義]

生命 (いのち)

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 昨日、が退院してひと月ぶりに元のケアハウスに戻った。ひと月前、食事中に突然意識を失い心肺停止状態になった。それでもAEDと心臓マッサージによって息を吹き返し、救急病院のICUに運び込まれた。その時は意識もなく、体にもチアノーゼがでていた。98歳の誕生日の直後だった。

 退院と言っても治ったわけではなく、今後は以前のように口からモノが食べられるようにはならないということで、点滴だけで命を繋いでいることに変わりはないのだけれど…。ドクターからは心肺停止の時間があり、その間脳に酸素が行っていないので意識もどうなるか分からないとも言われていた。

 昨日、自動点滴器やタンの吸入器などの医療機材を部屋に搬入して、今日は自分の部屋のベッドで落ち着いている。今居る処は、もともと医療機関の系列のケアハウスなので看護師も常駐しているから、これからは自室でケアしてもらえるというのがありがたい。

 これ以上母に辛い思いはさせたくないのであとは母の生命力を見守るのがぼくらの役目だ。 でも、カミさんが耳元で「おはよう」と言ったら、かすかに「おはよう」と応えてくれた。そして、あとはまた深い眠りのような世界に戻っていった。



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はるがきた [猫と暮らせば]

はるがきた


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 母の容体は小康状態を保っているとはいえ依然として予断を許さないことに変わりは無い。もうそんな状態が三週間以上も続いており、こちらも精神的緊張からか体調もすぐれないのだけれど、それでも日常の営みは続いてゆく。そろそろ日本語学校の方も定時のスタイルに戻さなければいけないこともある。

 当たり前のことだけれど、こんな時には家庭の中では笑いも少なくなるし、こんどはそのこと自体が精神的疲労にさらに拍車をかけることにもなる。そんな中でもウチに猫たちが居てどれだけ精神的にも癒されて助かっているか、感謝することしきり。


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 実は母が倒れる数日前に縁あって一匹の子猫の里親になることになった。もうぼくらも歳なんで下手すると猫より先にぼくの方が逝ってしまう可能性もあるのでクロが死んだ後も、もう新しい猫は飼わないようにしていたのだけれど…。でも、今回は人助けならぬ猫助けと思って引き受けた。

 ウチに来たのは雄のアメリカン・ショートヘアーで、子猫といってももうすぐ2歳になる。猫を引き取ったその足でかかりつけのペットクリニックに連れて行ったら体重も4キロちょっとある。予防注射が必要なんだけれど、とても怯えていたので先生がもっと家や人に慣れてからでも大丈夫ですよ、と言ってくれたのでそのまま連れて帰った。

 最初の数日はテレビの後ろや掃除機の陰に隠れて出てこず、もちろん餌も食べない。そっとしておいたら、その内一階の猫トイレだけは自分で使うようになった。そしてやっと一週間くらいかけてみんなの前に姿を現すようになったのだけれど、今度はそうなると先輩猫のレオモモがそわそわしだした。

 一瞬、居間で三匹の猫が遭遇してロシアペルシャそしてアメリカという複雑な国際情勢さながらのにらみ合いが続いた。でも時間とともに子猫にも落ち着きがでてきて餌も食べるようになった。慣れてくるとやっぱりまだ子猫でじゃれ付く姿などを見ていると本当に癒される。

 レオはおっとりとしているので比較的早く慣れたのだけれど、モモは気が小さいのでいまだに子猫が近寄ってくると怒って逃げ出してしまうが、それも時間と共に慣れてくるかもしれない。子猫はここ数日天気の良い日は日向ぼっこをするようになった。

 子猫を引き取るとき三月生まれだときいていたので、カミさんが「はる」と名付けた。はるは今まではあまり恵まれなかった人生?のようだけど、ウチに来て幸せに暮らしてほしいと願っている。ぼくも歳に負けずにずっと君らの面倒をみられるように頑張るつもりだ。



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 *考えてみたらウチで飼っていた猫は里親のような形になって飼った場合が多いのです。最初に飼った白猫のタマは会社の上司の家の猫が子供をたくさん産みすぎて一匹引き取ってくれないか、と言われたのがはじめで、初代レオも会社の人が飼っていたペルシャ猫を娘さんが喘息になったということで飼えなくなった、と。

 クロは雨の日に家の前で子猫が倒れているのを母が見つけて飼いだしたのがはじめでした。飼ってみると、どの猫も可愛く、それぞれに性格も違って飽きないです。はるもこれからどんな猫に育つのか楽しみではあります。よろしくお願いいたします。



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Hilltop効果 [gillman*s park 18]

Hilltop効果

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 公園に散歩に行くと必ず丘の上まで行くようにしている。途中の坂道がちょうどいい負荷になることもあるけれど、丘の上まで行った時のどこかすっきりした気持ちが味わいたくて行っているような気がする。これをぼくは勝手にHilltop効果と呼んでいる。

 高々十数メートルの丘だけれど、ここら辺では一番高い地点で自分の住んでいる街が見下ろせるばかりでなく、天気の良い日には富士山、東京スカイツリーそして筑波山と360度の視界が望める。ぼくはひどい高所恐怖症だけどこの丘はそういう恐れもなく開放的な気持ちにしてくれる。

 母のこと等で毎日心を痛め、悩んでもいるけど、この丘に来てもそういう全てを忘れさせてくれるわけではない。逆に色々と思いを巡らせてくれる、それも内向きでなくどこか冷静でポジティブな方向で考えられるような気がする。ちょっとの事ですぐ頭が混乱する自分にとっては、それは有難い効果だ。

 今、何を考えておかなくてはならないか。今、何はまだ考えるべきではないのか。そして、その一つ一つに対して自分はどう感じているのか、どう思っているのか、自分の街を眺めながら考えている。


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